このたび、会長を拝命した橋本です。1974年に入会して今年が50年目になり、長年に亘って学会に育てていただきました。会長就任にあたりご挨拶申し上げます。
新型コロナ禍の中で、様々な工夫を重ねて、学会運営に当たられた藤久保前会長はじめ理事・監事および本部・支部の関係者の皆様には厚く御礼申し上げます。
日本船舶海洋工学会の前身である造船協会の設立は126年前(1897年、明治30年)で、学会HPのデジタル造船資料館(貴重学会誌)に掲載されている創刊号によると、本会は現実の技術課題に取り組んで時代の要請に応える明確な目的を持った団体として発足したことが解ります。その後の流れを俯瞰すると、ほぼ40年のサイクルで時代は回り、現在は第4期に入っているように見えます。当学会は、いずれの時期においても産業界を支える機動的な学術団体として運営されてきました。
第1期:近代造船業完成期(学会設立から太平洋戦争終結まで)
第2期:拡張繁栄期(戦後復興期からオイルショック・プラザ合意締結期まで)
第3期:試行錯誤期(プラザ合意前後からの船種拡大・事業規模縮小・業界再編まで)
第4期:現在(新時代対応期:地球環境問題深刻化、グローバルサプライチェーンの変質)
直近の第3期には、若干の山谷はあっても造船業界が縮小均衡に陥り、その影響が人材力確保や大学教育および研究開発活動にも及びました。しかし、第4期の潮目は変わり、脱炭素、デジタルツイン、広義の海洋利用、自動運航船等の開発課題が目白押しになっている上に、2030年にかけての大幅な建造需要増も予測されています。さらに海事産業強化法等による行政の支援も始まっています。
一方、第4期の第1期~第3期までとの決定的な差は、急激で大規模な人口減少の中で、第3期の社会的評価も尾を引いて他分野との人材獲得競争が熾烈になり、人材確保や組織と個人の能力向上が大きな課題として横たわっていることです。さらに、第3期に競合国がデジタル化による業務プロセス改善(生産性向上)を進める中で、日本の立ち後れも指摘されるようになっています。
このような状況に鑑みると、日本船舶海洋工学会は研究を推進する任務に加えて、日本の海事分野の技術的諸課題について分析・提言・発信する重要な役割があり、その立ち位置と存在意義を明確にし、打ち手を考えてゆく必要があります。
(1) 船舶海洋工学の進化(技術領域と応用範囲の拡大)
船舶海洋工学の各分野で長年に亘って活発な研究活動が進められている基盤技術領域は、新技術・新手法を含めて、今後もしっかりと保持することが重要です。ただし、学会に期待されている課題に応えてゆくためには、急速なスピードで発展している関連領域を取り込んで技術領域を拡げ、総合工学としての船舶海洋工学の進化と応用範囲の拡大が必要です。大学および主要研究機関を中心とした各研究分野と社会的課題を繋ぐのが工学系学会の重要な役目です。技術体系の再検討と海事三学会(当会、日本マリンエンジニアリング学会、日本航海学会)の連携強化、および、その他学会との情報共有にも力を入れ、新しいビジョンを発信したいと思います。
(2) 海事エンジニアリングの求心力
海事エンジニアリングは、「想う・描く」(構想、企画、設計)、「造る」(製造、建造)、「使う」(運用・運航)の3つの要素を包含したものであり、製造・運用のプロセスを経て、実装化・実運用されて目的を成就します。このため、上記3要素に求心力を持たせ、受け身ではなく自律的に需要を創出する実力を持つことが重要であり、日本船舶海洋工学会もその一翼を担えることを目標に活動したいと考えています。
(3) 人材力強化への積極対応
「財を遺すは下、仕事を遺すは中、人を遺すを上とする」(後藤新平)は、現在でも説得力ある言葉です。日本の歴史を少し振り返るだけでも、「人」が最も崇高な投資先であることは多くの有識者が理解し実践してきたことが解ります。
日本にとって、最大の希少資源は人材であり、その確保と活用さらに価値向上は最優先課題です。海事産業界や大学の運営および学会のあり方も、人材力をいかに確保し能力を発揮させるかの視点で考えることが必要です。学会としては、人材の獲得、育成の両面で活動し、「能力開発センター」の活用も進めます。
(4) 海事産業界、行政機関、教育研究機関(大学)の連携強化
昨年度、「産学連携研究開発ストラテジー委員会」が設置され提言が取り纏められていますが、引き続き具体的な開発課題を提案し、海事産業界、行政機関、教育研究機関の連携で目標を明確にして、研究者に無駄なく能力を発揮いただける環境を作りたいと考えています。また、研究成果を活用して最終的に成果を摘み取るのは産業界であることをしっかりと認識いただき、短期的な需要変化への対応だけでなく、輸送革新に繋がる事業としての成長およびそれを実現する体制整備を期待しています。
(5) 発信力の重要性
船舶海洋工学に関連する学術も関連規則も事業も国際マーケットで動くことを考えれば、研究成果を世界に広く発信してゆくことが重要です。一例として、JMST(Journal of Marine Science and Technology)の発行や、PAAMES(Pan Asian Association of Maritime Engineering Societies)and AMEC(Advanced Maritime Engineering Conference)の開催(今年10月、京都)等がありますが、この他にも積極的な国際対応を計画しています。
これと同等に重要な足許の課題として、国内向けの発信があります。海洋国家日本として技術と事業を発展させ、成果を蓄積するのは最終的に人の力(質と量)であり、特に有能な若いメンバーを獲得してゆくには、海事関連諸団体(海事産業界、学会、行政機関、大学等)が具体的な将来展望を発信し、学術および産業の明確な方向付けを示すことが不可欠です。国際的な発信と国内基盤固めのための発信の双方とも学会の重要な役割と考えています。
(6) 「入ってよかった日本船舶海洋工学会」のために
船舶海洋工学は、大型移動体としての船舶に留まらず、浮体式洋上風力発電設備をはじめ海洋空間利用のための技術領域等へも大きく発展させるポテンシャルを持っており、造船分野で蓄積してきた技術の適用範囲の拡大が期待されています。これらの実現のため、様々なニーズを持つ皆様に日本船舶海洋工学会に入会し活動いただきたいと考えています。
また、学会会員の過半は実務技術者であり、会員各位が「入ってよかった」と思うことが学会存続の必須条件です。講演会はハイブリッド開催方式が定着しており、実務技術者も参加し発表しやすいように、発表内容も含め検討してゆきたいと思います。さらに、海事産業界には様々なバックグラウンドを持つ技術者が参集していることを考慮し、全員が海事分野で能力を最大限発揮できるように、船舶海洋工学関連知識の円滑な修得のお役にも立ちたいと考えています。学会が持つ全ての媒体(学会講演会、シンポジウム、セミナー、フォーラム、各研究会、学会HP、KANRIN、メールマガジン、学会編集教科書等)を駆使して、最新の研究成果や技術情報さらに実務者向けの教材情報等を解りやすく伝え、実務技術力の維持・向上を目指した活動を進めます。
(7) 本部と支部の役割
今年度は、造船三学協会(日本造船学会、関西造船協会、西部造船会)を統合し日本船舶海洋工学会と改称して19年目になり、本部と三支部の役割は整理され円滑な運営が行われています。各支部は地域の実情と歴史的背景に合わせて、運営委員を中心にきめ細かな活動を展開しています。一方で、新型コロナ禍の中で普及したオンライン技術により、シンポジウムや研究会、海事産業説明会等のように、支部単位ではなく全国区で行う方が有効な案件も増えてきましたので、お互いの役割は柔軟に選択し機能向上を図ります。なお、本部・支部とも理事・監事・運営委員・各種委員会等による活動はボランティアで行われており、改めて感謝申し上げます。
日本の海事産業の技術的基盤となる船舶海洋工学の重要性と役割を多くの皆様に理解いただき、あらゆる技術背景の方々に役にたつ学会を目指して活動していきたいと思います。ご指導ご鞭撻を宜しくお願いいたします。
日本船舶海洋工学会 会長 橋本 州史