Japanese
メニュー
メールニュース
ホーム > メールニュース > 西部支部メールマガジン第85号目次 > 広島県呉市大崎下島の宇津神社船絵馬

西部支部メールマガジン第85号

広島県呉市大崎下島の宇津神社船絵馬

日本船舶海洋工学会西部支部事務局 (広島大学工学部内) 坂本 直子

宇津神社は、広島県呉市大崎下島の大長に鎮座し、県内最古級の中世棟札が現存することで知られています。大崎下島は、古くから瀬戸内の海上交通の要所であり、同神社には船絵馬22面が伝わっています。そのいくつかを紹介します。

船絵馬とは、船の絵が描かれた絵馬のことで、航行の安全を祈願し、または渡航の無事を感謝し、船主、船頭や水主 (かこ) が神社に奉納したものです。江戸時代、北前船の寄港地であった地方の神社に多く奉納されたと考えられ、各地に伝わっています。

図1 幸丸 (文化5年5月、沖友村藤中屋治三郎奉納)
図1 幸丸 (文化5年5月、沖友村藤中屋治三郎奉納)

図2 船名不詳 (明治26年9月20日難風、奉納者不詳)
図2 船名不詳 (明治26年9月20日難風、奉納者不詳)

図3 長寳丸 (明治21年6月15日、沖友村奥彦太郎奉納)
図3 長寳丸 (明治21年6月15日、沖友村奥彦太郎奉納)

図4 船名不詳 (明治38年4月奉納、奉納者不詳)
図4 船名不詳 (明治38年4月奉納、奉納者不詳)

宇津神社の船絵馬で最も古いのは、文化五年 (1808) に奉納された幸丸のものです (図1)。弁才船が奔走する姿を、左を船首として側面から描いています。背景は、四棟の本殿と太鼓橋、高灯籠から、古くから航海の守護神として信仰されてきた大坂の住吉大社であることがわかります。これは船絵馬の典型といえる図柄です。宇津神社には、同図柄の船絵馬が5面 (文政年間2面、天保年間1面、嘉永年間2面)、背景を日の出とするもの9面 (いずれも明治時代) が伝わっています。

特筆すべきは、難船絵馬と呼ばれるものです。これは、暴風雨の中を難航する場面を描いた船絵馬で、海難に遭遇しながらも、神への祈願で助かった御礼として奉納されたものです。現存例が、船絵馬全体のわずか1~2%と少なく、貴重な作例とされています。宇津神社には3面の所蔵があります (図2、図3、図4)。

図2では、荒立つ大波の中、船は帆を下げて、船首を波に向け、碇綱を垂らしています。強風に遭遇した際、和船では、船尾から波を受けると舵や外艫が破壊される恐れがあるので、船首から波を受けるように船を回頭させ (逆艫 (さかども)、後ずさり、舳流し (おもてながし) という)、風浪に逆らわず、追風・追波で流す「つかせ」と呼ばれる処置がとられていました。それでも流されてしまう場合は、最後の手段として帆柱を伐り倒しました。帆柱がなくなれば、風波が治まった後で帆走能力のない船になってしまうのですが、当時はそれが流儀であり、そうしなければ助かった後の難船吟味でも、最善の措置を講じていないとされました。後はひたすら神に祈願するほかなかったようです。

図3では、怒濤の中を漂う船の上で、船乗りたちは手を合わせ必死に祈りを捧げています。その際、丁髷 (ちょんまげ) の髻 (もとどり) を切り、船内の神棚や仏壇に供えるという風習があったようです。このような信仰は、江戸時代の漂流記にも見え、また、他の神社ですが、その髻を奉納した絵馬も残されています。そして、嵐の吹き荒ぶ黒い空に、御幣が現れています。この御幣は、難船絵馬の特徴ともいえるもので、神の加護があったこと表しています。白色で描かれた御幣は、光が射しているように見えます (図2)。図3、図4では御幣が黒ずんでいますが、当初は銀泥で描かれたものが酸化したと考えられます。

奉納日は、一般的な船絵馬では、「吉日」と記されますが、難船絵馬では、「明治二十六年九月廿日難風」のように遭難した日付が書いてあるものもあります。また、船絵馬は大坂の船絵馬師によって製作されていたことが知られています。図3,図4には、明治時代の代表的な船絵馬師である「絵馬藤」の落款があります。

このように船絵馬は、海事史の資料となるだけではなく、信仰、風俗、絵画史などを知る手がかりともなります。宇津神社では、江戸時代から明治時代に至るまでの船絵馬が、状態良く保存されています。現存例の少ない難船絵馬の中でも、帆柱を伐ったものはわずかしか例がなく、特に貴重な資料といえます。

最後になりましたが、ご協力いただきました宇津神社宮司の越智正浩様に感謝申し上げます。

参考文献

石井謙治 : 「和船」Ⅰ (ものと人間の文化史76-Ⅰ、法政大学出版局、1995年)

坂本 直子
日本船舶海洋工学会西部支部事務局 (広島大学工学部内)
文化財学

<< 国立台湾大学での海洋音響トモグラフィ研究

会員ログイン
新着情報一覧はこちら
学会へのアクセスはこちら
ページの先頭へ戻る

〒105-0012
東京都港区芝大門2-12-9
  浜松町矢崎ホワイトビル 3階 [交通アクセス]

TEL:03-3438-2014 / 2015
   FAX:03-3438-2016
   [事務局へメールする]
ページの先頭へ戻る