日本船舶海洋工学会西部支部支部長、長崎大学大学院工学研究科 橋本 州史
新しい年を迎えて2ヶ月になりますが、西部支部も新型コロナ禍での運営が続いています。このような中であっても、関係各位のご尽力で、オンラインを駆使することによる各種会議・研究委員会・若手技術者交流会等の企画が遅滞なく進められています。また、各支部主催のシンポジウムも全面オンラインで運営され、参加者は各支部とも激増しています。西部支部主催で2月9日に開催した「造船力の復活~10年後・20年後の造船業の在り方~」は、200名を超える皆様が参加されました。
ここで、現在の日本や世界の状況を俯瞰すると、今回のパンデミックへの対応は、様々な教訓を与えてくれます。2年前、長崎造船所建造のダイヤモンド・プリンセスでの感染が報じられた時に、2年後の現在の状況を予想できるだけの危機意識を持った人は、極めて少なかったと思います。さらに、今回のコロナ禍は、我が国が本質的に抱えていた弱点を広く晒しました。デジタル化の遅れによる低い生産性や医療資源の分散による危機対応力の不足等もその一部です。これらは、いずれも歴史的な経緯を背負っており、この機会に問題点を真摯に受け止め、どのような対策を打つかが鍵です。
今回の新型コロナ禍は一旦収束するとしても、人類の歴史で何度となく繰り返されてきたパンデミック (天然痘、ペスト、コレラ、スペイン風邪、新型コロナ等々) の経緯と新自由主義的グローバリゼーションにより地球社会が急激なスピードで広域統合されている状況に鑑みると、今後も未知の感染源が襲ってくると覚悟しておくべきでしょう。感染予防は、古代から現在に至るまで、「フィジカル空間 (現実空間) での隔離と移動の制限」ですが、今回のコロナ禍では、フィジカル空間とは全く別のサイバー空間 (仮想空間) が有効活用され、各種情報はこの空間を自由に往来し、人と人とのコミュニケーションも取れるようになり、私達は新境地を開くことができました。
この一方、物資 (エネルギー、食料、生産物等) の輸送では、別の世界が拡がります。世界の輸送需要は、GDPの伸びと連動して増大していますが、このほとんど全てが、フィジカル空間における船舶による輸送で、大きく変わる可能性はありません。これが、ある点で支障をきたすと、SCM (Supply Chain Management) に甚大な影響を及ぼすことは、昨年発生したスエズ運河における大型コンテナ船の座礁事故や米国西海岸でのコンテナ船の渋滞で経験したばかりです。我々が従事している船舶海洋分野が、海に囲まれて他に有効な物資の輸送手段を持たない日本において、どれだけの重要性を持つかを再認識させられます。
船舶海洋分野が、経営的にも技術的にもブレイクスルーが必要な中で、業界・学会・行政含めて、問題点は整理されつつあります。この中で最も大きな指摘は、事業規模・研究開発規模が競合国とくらべて小さく、開発推進力に欠け、視野も狭くなった懸念がある点です。現在、アフターコロナ禍特別検討委員会や産学連携研究開発ストラテジー委員会等の活動が進んでおり、大学や企業の枠を超えて、技術の在り方の検討や開発企画を推進するのは学会活動の力です。
西部支部の会員数は940名で、日本船舶海洋工学会全会員数の24%程度ですが、所属企業全体では国内造船出荷額の過半を占めています。各大学や各企業単位ではない日本船舶海洋分野の総合力発揮のための活動を推進し、欧州やアジア競合国を凌駕できる新日本型造船業を目指したいと思います。
工学系の研究は、最終的に実業界で実装化されて大きな成果となり、これを担う人材力の育成は学会の大きな役割です。西部支部は、メールマガジンを初め、各種研究委員会、若手技術者交流会、シンポジウム等で全体的な能力開発を行っていますので、ますます活性化させ、会員が明確な目標と将来展望を構築するための活動にしてゆきたいと思います。メールマガジンは、現在、1,128名に配信されていて、提供しているコンテンツは高い評価を得ています。100回を迎えてさらに充実させ、会員各位の貴重な情報源となることを祈念します。
橋本 州史
日本船舶海洋工学会西部支部支部長,長崎大学大学院工学研究科
船舶海洋工学、船舶設計