広島大学大学院先進理工系科学研究科 片桐 一彰
炭素繊維強化樹脂 (Carbon Fiber Reinforced Plastics、以下CFRP) は、文字通り、炭素繊維と樹脂を複合化したもので、密度はステンレス鋼の約四分の一と軽く、引張強度及び弾性率は、共にステンレス鋼の約2.5倍と高い材料です。そのため、CFRPは様々な製品の軽量化に極めて有効で、釣り竿への適用に始まり (1972)、ゴルフクラブ (1973)、航空機の部材 (1975) と実用化が進みました。
最近では、CFRP製の海外旅行用スーツケースや眼鏡フレームを目にする機会が増えましたし、特に、CFRPによる旅客機の軽量化は、燃費向上、すなわち、二酸化炭素排出量の削減に直結することから、ボーイング社やエアバス社の最新鋭の大型旅客機であるB787やA350ではCFRPの適用比率は50%を超えています。船舶分野への応用に関していうと、CFRP製スクリューは日本海事協会からの承認が出され、大型船への採用も始まっています。船舶の上部構造の軽量化は、燃費向上のみならず、船の安定性にも大きく寄与することから、今後、CFRPの適用が進む可能性が高いと考えられます。
しかし、地球温暖化から地球沸騰へと気候変動が深刻化する中、CFRPは大きな課題を抱えています。それは、CFRPの製造工程において排出される二酸化炭素量の多さで、燃費向上による二酸化炭素排出量の削減効果がこれを上回っていなければなりません。まず、原料である炭素繊維の製造工程では、耐炎化、炭素化、黒鉛化といった複数の熱処理が不可欠です。そのため、鉄鋼の約7倍、アルミニウムの1.3~1.4倍もの二酸化炭素が排出されるといわれています。
次に、炭素繊維と樹脂の複合化の工程、つまり、炭素繊維間に樹脂を含浸させてCFRPとしますが、この工程でも多くの二酸化炭素が排出されます。代表的な手法は、オートクレーブによる高温・高圧条件下で樹脂を含浸する手法ですが、熱エネルギを大量に使うことから、"脱オートクレーブ(Out of Autoclave)" がいわれ、様々な革新的な製造方法が提案されてきました。中でも、高圧あるいは真空吸引によって樹脂を炭素繊維間に含浸する手法 (Resin Transfer Molding法) が有力となりつつありますが、製品の形状次第とはいえ、生産性の低さが課題の一つとなっています。
最近では、レーザーを用いた熱処理法の研究が進展し、炭素繊維の製造にかかる二酸化炭素排出量は、アルミニウムとほぼ同程度に減少することが見込まれています。さらに、廃棄されたCFRPから炭素繊維を取り出し、再利用技術にも目覚ましい発展がみられます。しかし、炭素繊維間への樹脂含浸や成形の工程に関しては、熱可塑性樹脂を含浸し、再加熱によって成形性を確保する手法や3Dプリンタなども開発されていますが、決め手となる技術はまだ見当たらず、二酸化炭素排出量の削減に向けて模索が続いています。
そこで、我々は、効率のよい樹脂含浸プロセスとして、電気化学的な手法に着目してみました。その一つが自動車などの塗装方法として一般的な電着法を樹脂含浸に応用する方法です。
まず、この方法の原理を図1に示します。自動車ボディの代わりに、炭素繊維プリフォームを電着液 (ex. イオン性のエポキシ基を持ったポリマー微粒子が分散) に浸漬し、印加電流の制御によって、樹脂を繊維表面に析出させ、含浸します。樹脂と炭素繊維が強固に化学結合している可能性があり、強度の高いCFRPが得られています (弾性率:約100GPa、引張強度:750MPa)。つまり、炭素繊維プリフォームを電着液に浸し、通電により、樹脂を含浸する手法で、角部など、従来の手法では樹脂欠損が生じやすかった部分にも問題なく樹脂を含浸できますし、ボイドが入ることもほぼありません。炭素繊維プリフォームは、自動縫付機や刺しゅう機などを用いれば、かなり自由に立体的に織ることができます。図2に、円筒及びI型断面を有する梁の成形例を示します。
ただ、従来のCFRPの製造手法は既に確立されたものであり、特に、これまでの使用実績や信頼性では一日の長があることはいうまでもありません。そのため、今後、この電着による樹脂含浸法の実用化を図るには、いくつかの方向に特化させる必要があると考えています。
その一つは、木材などの植物資源から精製でき、強度にも優れたセルロースナノファイバー (以下、CNF) を電着液に分散、樹脂と同時に複合化することによって、CFRPをより強固なものにする方法です。つまり、CNFを添加することでCFRPの強度を向上させ、炭素繊維の使用量削減を図る試みです。CNFは親水性で、これまでの手法では疎水化処理を行った後に樹脂に分散する必要がありましたが、自動車用などで、環境に優しい水性電着液開発されており、CNFへの疎水化処理も不要となります。CNFの添加の有無によるI型断面梁の三点曲げ試験の結果を図3に示します。CNFの添加により、強度が向上していることがわかります。
最後になりますが、CNFのCFRPへの適用は、環境保護の観点のみならず、CNFが日本国内での調達可能である点、日本の豊かな森林資源を活用できることも重要なポイントと考えています。
片桐 一彰
広島大学大学院先進理工系科学研究科
炭素繊維強化樹脂の製造・成形、構造力学(航空機)など