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国際会議の楽しさと厳しさ

長崎総合科学大学特任教授 貴島勝郎

一般的に国際会議では、周知のとおり数多くの国からの参加者によって構成される大会議から、2〜3 ヶ国の参加者しかいない小さなものまで、種々の形態を持った会議があります。また内容的にも純粋に学術的なものから政府レベルのもの、小さな研究発表会、シンポジウム、ワークショップ等種々雑多の会議が挙げられます。ここでは、著者の経験した海事関係の国際会議の中で感じたその楽しさ・面白さと、極めて厳格な会議の内容について、国際試験水槽会議 (International Towin Tank Conference, ITTC) と国際海事機関 (International Maritime Organization, IMO) の場合を例として述べることに致します。


技術的研究討議

国際試験水槽会議は船舶および海事流体力学に関する最も歴史と権威のある国際会議であり、海事流体力学分野の研究者にとってこの会議は、船舶や海洋関係の流体力学に関わる種々の分野の学術的なレベルあるいは水槽試験の技術的なレベルを向上させることや、その情報交換を行うことを最も大きな目的としていると言えます。

国際試験水槽会議の中にはいくつかの技術委員会がありますが、著者が属したのは操縦性技術委員会で、1987 年から 9 年間委員として務めました。当時は IMO において操縦性基準策定の議論が進められていたこともあり、8 人の委員全てが、操縦性能推定法に関する研究成果や操縦性試験法とその評価方法等について活発な討議を行いました。基本的には個人的な研究に関する討議が主で、自由でフランクな討議をすることが出来、著者にとっても非常に勉強になり、参考になったと同時に、色々な意味で啓発されるところ大でありました。

通常 3 日間程度の討議でしたが、朝から夜まで時間がたっぷりとあるために、技術的審議事項に留まらず、操縦性に関する一般的な研究課題や研究の方向、新しい計算法や考え方、果てはプライベイトな事柄まで話し合うことが出来たことが、その後の研究に対する取り組みや姿勢等参考になり、有益であったと思います。

特に、各国のお国事情によってニーズが異なるために研究内容・課題が異なり、またその重要性も異なること等はある程度予想していたとはいえ、具体的な研究課題によってはそれほどまでに大きく異なるのかと認識させられることが多くありました。しかし、それがかえって新鮮に感じられたもので、研究も相互に充分に話合って初めて認識するものであると気づいた次第です。

例えば、オランダやベルギー等では狭水路や浅水域航行時の操船・操縦性の問題が非常に重要で、大洋航行時の操縦性問題はほとんど注目されないようです。自国内には多くの港湾や運河があり狭水路や浅い水深の航路が多く、従って、そのような海域での海難事故が多いからだと思われます。泥が堆積した港湾において船の喫水と同程度の浅い海域を航行する場合もあると聴いて驚きました。世の中にはいろいろな状況があるものだとあらためて気づいたほどです。また、各委員の研究上の失敗談等は、特に夕食後の懇談で本当に楽しいものでした。どこでも同じような失敗をしているものと思うと何だか一段とやる気が出てきたものでした。


IMO 設計設備小委員会における討議

著者は 1980 年より 14 年間、IMO 設計設備小委員会において日本政府代表の委員として操縦性基準策定の審議に携わったことがあります。この設計設備小委員会は各国の政府代表が集まって審議する会議ですが、操縦性基準策定の本格的な専門的な審議は特別作業部会で行われました。この作業部会には各国の専門家が自国の国益を背負って参加して審議を行いますから、先述の ITTC 操縦性技術委員会における審議の雰囲気とは全く異なります。学術的・技術的な観点から最も妥当と思われることでも、政治的な観点からいとも簡単に逆転することもしばしばありました。

図1 西側諸国提案
図1 西側諸国提案[拡大画像]
図2 旧ソ連提案
図2 旧ソ連提案[拡大画像]

例えば、船橋に掲示する Wheelhouse Poster に関する審議の中で、緊急停止距離の表示法については、日本、英国、米国等の西側諸国は図 1 に示すように、種々の条件下において最大の停止距離の範囲・領域を表示することを提案したのですが、当時のソ連代表は図 2 に示すような初期船速ごとの停止距離を棒グラフで示すことを提案してきました。ソ連提案に従えば、海上試運転での緊急停止性能評価の際に、造船所では初期船速を種々変えて試験を実施する必要があり、全く現実的ではありません。

緊急時の停止性能を評価するわけですから、低速時の停止性能等はもともと必要ないと考えられるのですが、ソ連代表は彼らの提案をどこまでも押し通して来ましたのでその審議に 2 年を要しました。結局、最終的には本会議での委員長提案で西側提案とソ連提案の両方を掲載するとの折衷案で落着しました。どのように考えても西側提案の方が合理的と思われるのですが、ソ連は彼らの提案をごり押ししてきた訳です。

後日ソ連代表に聞いたところ、既にソ連の国内法でソ連提案の表示法を使用してきているので、彼らの提案を通さないと自国内の法律改正にまで発展することと委員としての責任を問われるとのことでした。従って、彼らも必死で抵抗したことが後で分かりました。このようなことは他にも多々ありましたが、純粋な学術的な会議と異なり、政府レベルでの国際会議は自国の状況、体制そして直面する課題等により大きく変化するものだと痛感することでした。


まとめ

以上記したように、国際会議一つを取り上げても、背景は何か、どのような性格の会議かによって大きな違いがあります。純粋に学術的な会議もあれば国の諸事情を背景にした政府レベルの会議もあり、その違いに接することも勉強になるし、また楽しくもあり、面白くもあり、そして厳格さを感じることも出来ると思われます。


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