長崎総合科学大学で実施した公開講座において筆者が説明した "船の形と気まぐれ性格" の講演内容を本メルマガに掲載するようにとの編集委員の依頼を受けたので、ここにその一部を記すことにします。
ご承知のとおり、船の操縦性能は一般的に、針路保持性能、針路変更性能そして緊急停止性能の 3 つの性能をあげることが出来ます。針路保持の性能は、舵中央のままで風や波などの外乱が作用しても安定に針路を保つことが出来る性能であり、針路変更の性能は、所要の操舵でスムーズに、また速やかに目標の針路に変更することが出来る性能であります。
ところがこの両者は、いわば相反する性能を有していることになります。即ち、少々の外乱が作用しても安定して直進するには細長い形状であることが必要です。一方、速やかに旋回したい場合には円形の形状が望ましいことになります。船はこの両方の性能を同時に兼ね備えた形状でなければなりません。このようなことから現在の船は細長い形状をしたものになっていると言えます。
ところが船のサイズが次第に大型になり、オイルタンカーの中には載荷重量が 30〜50 万トンにもなる VLCC (Very Large Crude Oil Carrier) があります。今から 20 年前ぐらいには経済性中心に、可能な限り沢山の荷物を積むために、出来るだけ肥大化した形状の船が建造され、特に船尾形状を肥大化した大型船が出てきました。ところがこのような船尾が肥大化した船の中には針路安定性が悪い船も出現し、操船が難しいばかりでなく、時として衝突事故や座礁などの海難事故を起こす船もありました。
このような針路安定性の劣る船の操縦性能について詳細な調査研究が日本造船研究協会の SR221 部会で開始されました。そこで次項でこの検討の成果の中で興味深い事項について記すことにします。
図 1 | 船尾形状と針路安定性[拡大画像] |
検討対象の船型として 2 隻の船が用意されました。2 隻の船は、船の長さ、幅、喫水は全く同一で、なおかつ船体中央から前半部分も全く同一の船です。但し船体中央から後半部分は、1 隻は通常の船型、あとの 1 隻は船尾部分の水線面積が比較的広い形状の 2 隻 (図 1 参照) について操縦性能の比較検討が行われました。図 1 に示すように、所謂 V 字型タイプ (Ship A) の形状と U 字型タイプ (Ship B) の形状です。
図 1 の右側にスパイラル特性の比較を示しております。このスパイラル特性は、操舵角 (横軸) に対応する定常旋回角速度 (縦軸) を示したものです。この図から分かるように、U 字型タイプの船は操舵角に対応して、素直に旋回角速度が得られているのに対して、V 字型タイプの船では、操舵角が小さい範囲 (δ = -5°〜+5°) では S 字曲線を描いています。即ち、例えば、舵中央に保持したままでも、回頭角速度が正や負あるいは 0 になることを示しています。このことは右に旋回したり左に旋回したりあるいは直進したりすることを表しています。従って操舵角が小さい範囲では風や波などの外乱が作用すると右旋回したり、あるいは左旋回をすることになったり、針路が非常に不安定であることを意味しております。
以上のように Ship A と Ship B では船尾形状が多少異なるだけで針路安定性には大きな変化が現れます。従って、航行の安全性を確保するためには設計の段階から上記のようなことを充分考慮して船型を決めていくことが重要になると思われます。
船の針路安定性に関しては船尾形状が大きな要素の一つになると考えられます。設計は種々の性能要素を如何にバランスよく設定するかにかかっていると思われます。従って操縦性に関連する海難事故を防止する観点からもこれは重要であると言えます。
貴島勝郎 長崎総合科学大学工学部船舶工学科 特任教授 船体操縦性研究室 流体力学、船舶運動学、操縦制御工学 |