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造船教育と造船業

長崎総合科学大学工学部船舶工学科教授 慎 燦益

1. 大学における造船教育

国内の国公立大学法人 (旧国公立大学) から船舶や造船を冠した学科が、東大を筆頭にして無くなってしまった。日本における造船教育発祥の東大の工学部には、船舶や造船に関するカリキュラムの欠けらさえ無くなっている。国公立大学法人で次代を担うべき造船技術者を育成するための船舶や造船を冠した学科が無くなり、私立大学である学校法人長崎総合科学大学のみが、一貫して船舶工学科を堅持し、造船技術コースを設置して造船技術を教えている現実を目の当たりにしていると、世界の造船国としては全く寂しい限りとしか言いようが無いのが実感である。

造船教育に直接携わっている著者にすれば、今の状況は、寂しい感傷に浸るよりも、造船業を支えていくべき人材の数に比べ、造船の教育を受けている若者の少なさに、今後の造船業の土台が崩れるような、非常なる危機感を持たざるを得ない。

工業高校の造船科の消滅状態、大学教育における造船教育の衰退、それに伴う造船学を教える教員の減少と、造船界にとって若手の人材を確保することが大変困難になっている。大学の教育においては、製図や設計等の直接「造船」に関わる科目の時間数が減る一方、総称して「船舶」や「海洋」と言った研究重視の学問体系へ移行して久しい。大学には、大学は学問の真理を追究する教育・研究機関であって、現場での即戦力を養成する専門学校ではない、従って、製図や設計等の時間を割いて、研究に直結した教育や直接研究に割く時間を多く取るべきだと主張する教員もいる。

一般論として全く正論ではあるが、「造船」というモノ造り側から見れば、代表的な「造船」を含めて本来の工学は、科学の成果を応用した工業生産や技術について研究する学問分野であり、大学における工学部あるいは工学科は、専門学校よりも高度な教育・研究をし、より高度な優れた技術者を育成するところである、と言える。

「造船学」は、基礎をなす船体線図や排水量等計算のための「造船幾何」や「船舶算法」、船や浮体の安全性に欠かすことのできないメタセンターの概念と横安定性の「復原性」、「流体力学」を基礎としてフルード数の概念や推進効率および経済性と係りの深い「船体推進抵抗」、「船体動揺」から始まった「波動力学」を含む「耐航性」、「材料力学」から「構造力学」を基礎として構造物としての船体の安全性に係る「船体強度」と、基礎学問の範囲は広い。しかも、これらの学問を更に基礎として「船舶設計」や「船体製図」がある。また、「造船材料」、「船体構造」、「機関」、「艤装」、「工作法」等々や最近はコンピュータープログラミング、2D-CAD、3D-CAD も「造船学」のカリキュラムに加わる。大学の造船 (船舶工) 学科では、入学して卒業する 4 年の間に、少なくともこれらの「造船学」のカリキュラムを一通り教授することによって、造船所で役に立つ技術者を育成することができるものと確信する。

従って、著者は自信を持って、大学教育を通して、造船所において即戦力となるような、優れた「造船技術者」を教育し、造船所に送り出したいと思っている。当然のことながら、将来の造船(船舶工)学を研究・発展させていく優秀な人材を育成・支援することも忘れてはいない。

2. 造船教育機関と造船所

日本の経済高度成長期に、全国 8 大学の造船関連学科で、毎年 300 人程度の造船技術者を目指す学生が卒業していた。この時は、造船業の絶頂期でもあり、希望者はほとんど問題なく 100% 造船所へ就職できた。しかし、オイルショック以後の造船不況の中で、造船所からの求人は減少する傾向が強くなり、造船教育を受けた学生は行き場を失い、不本意ながら他の産業へと流れて行かざるを得なくなる。自然と造船教育の内容が造船一色から他の産業でもできるだけ通用するように変わり、造船所からも不満の意見や、入社後、再教育をし直すと言った強い意見も出た。

造船不況が長引く中で、造船所の求人数は止まるところ無く減り、一時は当時の大手 7 社だけを見ても、たったの合計 11 名だけの求人数という造船業界の求人状況の中で、大学の造船教育は活路を求めて造船 (船舶工) 学から海洋を含めた教育内容へ変貌せざるを得なくなる。船舶海洋というキーワードは大きく広くそして地球的規模の将来性のある意味を持っていることから、当時の国公立の船舶や造船を冠した学科は、東大が始めに船舶海洋を冠した学科へ変更した後、後を追うように学科名称を変更していった。在学生も何時しか、卒業後の就職先は造船所ではなく、他の産業も含めて、サービス業へまでも活路を求めた。

この間、造船業界は、ほとんどと言っていいほど造船教育の現場に対して、造船教育が存続していけるような積極的で具体的な助言や働きかけは無かったように思われる。造船業界の中には、理工系学科等の卒業生を入れて、造船所で再教育すれば、何ら問題ないと考えているところもあり、このようなことから大学と造船所との間に造船技術者の教育と確保に関する乖離が生じ、これが教育現場と造船所の現況に至った原因の一つであると考えられる。

しかし、現実的には造船教育を受けた技術者なしでは、以前のように造船所運営が円滑に行えないことも事実である。このような過去の教訓から造船業に係る学会と業会は、中長期に亘る将来計画の中で必要最小限度の人事政策を策定すべきであり、その人員を確保するために造船教育機関と積極的且つ具体的に協議すべきであると考える。

具体的には、現在分散している国公立大学法人の造船 (船舶工) 学に係る教育機関を整理統合し、再度、最低一つ程度の造船 (船舶工) 学科を再興すると共に、私立大学である長崎総合科学大学工学部船舶工学科も含めて、二大学 (学科) 程度の造船教育機関は必要不可欠であると思われる。

教育機関と造船所は「造船」と言う同じ目的をもって、大学では造船学の学問を維持発展させながら造船技術者を教育し、造船業界は若い技術者を受け入れて、技術革新を推し進めながら勝ち抜いていかなければならない。造船教育機関も造船業界も、互いに独立して存続していくことはできないと強く認識し、共存・共栄のための方策を策定すべきである。そのためには、造船業界も人材確保のための方策として、場合によっては造船(船舶工)学科再興のために許認可省庁に対する働きかけも必要と考える。

一方、国土交通省は、国の主要産業の一つである造船業を維持していくための方策として、造船業に必要な人材の教育と確保のために、省庁間の枠を超えたあらゆる働きかけをすべきである。また、海洋国日本を支える造船学あるいは船舶・海洋工学の学問体系を維持・発展させるためにも、文部科学省の強いリーダシップの下に、造船関連学科を積極的に再編・再興すべきである。

3. あとがき

造船業の維持・発展のためには造船技術者を育成する教育機関が必要であり、造船所は教育機関と連携して造船技術者を確保することが必要不可欠であることを主張した。なぜならば、後継者を育成できない大学の学科及び造船所は滅び行くだけで、将来への展望を持てないからである。以上のような、造船技術者の育成に係る造船教育機関のあり方と造船業の維持・発展と言う非常に大きな課題を、著者一人が考え解答を出しても、全てに正しい解答が得られるものではない。

ただ、造船教育と造船業の現況について誰かが問題提起をし、解答を得るための議論の中で、より正しい解答が得られ、そして、次の段階へ前進するものと思う。著者は「造船」と言う素晴らしい世界で育てて頂いて、その世界に係って働けることを誇りに思って今まで造船教育に携わってきた。今、「造船」に係る全ての人は、船造りの感動と誇りを、次の世代へ自信を持ってつないでいくために、「造船」が素晴らしい世界であることを、積極果敢に若者に訴えて行かなければならない。その上で、大学では造船学のカリキュラムで若い造船技術者を教育し、造船業界は大学で学んだ若い技術者を受け入れて、それぞれ競争力ある造船所として維持・発展していかなければならない。そして、若者と共に未来の「新しい造船」の世界を切り開いていきたい。

 


慎 燦益
長崎総合科学大学工学部船舶工学科 教授
ビークル安定学・海洋環境学研究室
造船工学・海洋工学

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