広島大学輸送機器環境工学プログラムでは、紙を材料として人が乗って走れる乗り物を製作し、その性能を競うプロジェクト、名付けて Paper-Vehicle Project を授業で行っています。ここでは、その内容についてご紹介します。
工学部では、数学、自然科学 (物理、化学など)、情報技術 (IT)、そして各分野の専門技術に関する多くの知識を学びます。しかし技術者にはこれらの知識に加えて、自らの力で問題を発見する能力 (問題発見能力)、様々な知識を応用して問題の解決策を探求する能力 (問題解決能力)、さらにこれらの力を総合して新しいものや機能を創出する能力 (創成能力) が求められます。また、自分の考えを論理的に相手に伝え、討議するコミュニケーション能力や、チームとして計画的、効率的に仕事を進めるチームワーキング能力も必要です。しかしながら、通常の講義でこれらの能力を養うことは、容易ではありません。そこで私達は、学生が自ら乗り物を企画し、その設計と製作を通じて、上に述べたような能力を身につけられる授業方法を検討しました。それが "Paper- Vehicle Project" です。
ところで、なぜ "Paper" で、なぜ "Vehicle" か、というと、まず "Paper" は、鉄などに比べてもともと弱い材料なので、少し設計がまずいとすぐ結果に跳ね返る、つまり壊れてしまうからです。また、"Vehicle" にしたのは、その動くおもしろさと競争性からです。
図1:授業の流れ [拡大画像] |
図2:設計の様子 [拡大画像] |
図3:製作の様子 [拡大画像] |
図4:発表の様子 [拡大画像] |
図5:レース風景 [拡大画像] |
図6:フレームの構造解析 [拡大画像] |
では、授業の中身を少し詳しく説明します。Paper- Vehicle は、厚紙と紙パイプを主要材料とした、人が1人乗って人力で前進できる乗り物です。乗り物の形や駆動方法は自由ですが、乗り手の体は直接地面に触れてはいけません。紙は紙ボンドで接着します。このような乗り物を、4〜5人のグループに分かれて製作します。そして、出来上がった乗り物の重さと性能の両方を考慮して順位を競います。ただし、単に競技の順位が高ければよいというのではありません。この授業では、競技よりむしろ、設計と製作の過程でどれだけ綿密に問題点を検討したかを重視します。例えば、それまで学んだ力学をいかに駆使して強さを証明したか、製作上の問題点をいかに考慮して設計したか、等々です。これらの検討内容は、プレゼンテーション (発表会) で報告させます。
授業 (15 週) のスケジュールを図1に示します。図に示すように、授業は、コンセプトの立案、構造設計、製作、レース、そして総括へと進んでいきます。そして、授業の節目にプレゼンテーションを実施することによって、問題発見・解決能力に加えて、コミュニケーション能力を養うことをねらいとしています。また、成績の評価は競技会の結果とプレゼンテーションの内容を考慮して行いますが、競技会の結果よりもプレゼンテーションの内容を重視しています。
図2〜図6に授業の様子を紹介します。図2は設計の様子、図3は製作の様子、図4は発表の様子、図5はレース風景です。図6は、学生が行った構造解析の結果を示しています。
この授業では、良い乗り物を完成させるために何を検討すべきか、また、どのようにして問題を解決すべきかは、学生自身で考えなければなりません。教員は、学生の検討内容にコメントするのみです。このような授業形態に学生も最初は戸惑うようであり、初回のプレゼンテーションでは、検討が不十分なグループや、自分達の考えを相手に伝えられないグループもあります。しかし、授業が進み、学生が授業の目的や意義を理解しはじめると、その様子は一変します。例えば、教員にも想像できなかったような構造を設計し、実際に成立させたグループもあります。また、設計した構造の妥当性を確認するために、講義のレベルを遥かに超えた解析を実施するグループもあります。そして、プレゼンテーションに関しても、内容・技術・討論の全てが飛躍的に向上していきます。これは、教員の指導も多少はありますが、それよりも、他のグループの様子を観察し、学生間で切磋琢磨した効果が大きいようです。
本授業を通じて、学生の持つ能力を再認識させられました。学生が真剣に物事に取り組み、その能力を最大限に発揮した場合、想像以上の成果を挙げます。今後も、内容、方法に改善を加えつつ、より高い教育効果を得られる授業としていく予定です。
濱田邦裕
広島大学大学院工学研究科 設計・生産システム |