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オックスフォード滞在記

九州大学大学院工学研究院海洋システム工学部門 堤成一郎

2008年3月末からの1年間、英国オックスフォード大学で客員研究員をさせていただく機会を得ました。滞在先における身元引受人は、金属および複合材料の疲労に関して研究を行っている機械工学部所属Fionn Dunne教授です。

同教授は疲労や塑性論に関する国際誌のエディターをつとめ、私の滞在中も国際会議を主催するなど精力的に研究活動を行っています。比較的カジュアルな服装でコーヒー片手に早歩きで学内を移動するFionn Dunne教授の姿は印象深く、オックスフォード大学滞在中に出会った中で最も機動力に優れた教授だと確信しています。

オックスフォードの街並み(1)
オックスフォードの街並み(1)
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オックスフォードの街並み(2)
オックスフォードの街並み(2)
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オックスフォードでは珍しい大雪(しかも4月26日
オックスフォードでは珍しい大雪(しかも4月26日)
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オックスフォードは、人口約14万人のオックスフォード州の州都で、ヒースロー国際空港からは高速バスで約70分、ロンドン市街からは列車で約50分程度の距離にあります。田園風景のむこうに沢山の尖塔やゴシック建築の建物が林立するオックスフォードの街並みには、歴史的な建造物が数多く立ち並び、「夢見る尖塔の都市」ともうたわれる美しい街です。

その中心部に位置するオックスフォード大学は、11世紀に創設された英語圏では最も古い大学で、その名称はこれまでに設立された46のカレッジ(39のカレッジと7つのホール)の総称として使われています。この46のカレッジの多くはそれぞれ独自のキャンパスを持ち、講義室、図書館、教会、寮(学生/教員用)やダイニングホールに加えて、娯楽施設、バー、庭、運動場、体育館などの施設をそろえています。

学生は大学に入学するというよりも、カレッジに入学を認められるといった意識が強く、研究の場として活用される所属学部に関係なく、卒業するまでそのカレッジに所属することになります。教員自身も特定のカレッジに所属し、その所属学生に対して基礎教育段階から個別に教育を行うので、カレッジごとに教育可能な専門分野が異なることになります。各カレッジの財政状況に応じて、施設の程度は大きく異なります。また、同じカレッジの同級生でも成績によって与えられる部屋の大きさや設備が異なることもあります。

カレッジでは12-13世紀に建設された建物を現在でも利用しおり、また多くの施設が尖塔を有すことから大聖堂や城と見まがうような外観の建物も多くみられます。この街は時として「大学の中に街がある」とも言われ、カレッジの壮麗な建物が立ち並ぶ街の中心部は、近代とは到底思えない不思議な美しさを醸し出しています。


私の所属したハートフォード・カレッジは1282年に設立されたオックスフォード大学でも由緒あるカレッジの一つで街の観光名所「溜息の橋」があることでも知られています。近年では「ハリー・ポッター・シリーズ」や「ライラの冒険黄金の羅針盤」など、多くの映画の撮影がこの街で行われ、大学の施設や街並みなども数多く観うけられる。

ハートフォード・カレッジ
ハートフォード・カレッジ
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  ハートフォード・カレッジ・溜息の橋
ハートフォード・カレッジ・溜息の橋
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クライストチャーチ・カレッジの中庭とダイニングホール、それに図書館の中でも特に印象的なラドクリフ・カメラは、はっきりそれとわかります。街の中心部は大学の建物で占められていますが、周辺には豊かな緑の公園や住宅街が広がり、郊外には田園地帯が広がっています。さらに車で20分程度の場所には英国元首相ウィンストン・チャーチルの生家でもあったブレナム宮殿(ユネスコ世界遺産)があり、私も何度と無く広大な英国式庭園での休日を満喫させていただいた。

クライストチャーチ・カレッジ
クライストチャーチ・カレッジ
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  ラドクリフ・カメラ
ラドクリフ・カメラ
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クライストチャーチ・メドウ(1)
クライストチャーチ・メドウ(1)
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  クライストチャーチ・メドウ(2)
クライストチャーチ・メドウ(2)
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クライストチャーチ・メドウ(3)
クライストチャーチ・メドウ(3)
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  世界遺産ブレナム宮殿
世界遺産ブレナム宮殿
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なお、オックスフォードからロンドンまでは列車の他に、高速バスが24時間、多い時間帯には数分間隔で運行されているので、その利便性からロンドン市街に次いで物価が高いといわれます。また世界各国から観光客が押し寄せて一年中賑わいを見せています。

オックスフォード大学は、多くの著名人のゆかりの場所でもあります。例えば、「不思議の国のアリス」の作家ルイス・キャロルや「ナルニア国物語」のC.S.ルイス、「指輪物語」のJ.R.R.トールキンなど多くの文豪を輩出しています。またマーガレット・サッチャーやトニー・ブレアなど歴代英国首相を25名、ノーベル賞受賞者47名を輩出し、日本の皇太子と皇太子妃やクリントン米国元大統領とその娘も学んだ大学としても知られています。なお、Mr.ビーンでお馴染みのローワン・アトキンソンも卒業生ということで、私の滞在中も街中で目撃したとの情報を何度か耳にしました。

イングランド南部を流れるテムズ川は、中央部のコッツウォルズ地方を源泉として、オックスフォード、ロンドンを経由し、北海へと流れ出ています。その距離は350km近くになるそうです。

フォーリー・ブリッジ
フォーリー・ブリッジ
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当初用意していただいた寮を一ヶ月程度で離れ、その後は街の中心部を流れるテムズ川に面したフラット(アパート)に滞在しました。ロンドン市内にかかるタワー・ブリッジ付近の川幅は250m近くになりますが、この住まいに面した所ではその10分の1程度になっています。そこには幅2m・長さ10m程度と非常に細長いにも関わらず、その中で生活が可能な「ナローボート」と呼ばれる船が頻繁に、しかしゆったりと往来しています。そのほとんどがレトロ風にお洒落に塗装され、時には花壇まで携えていたので、家の窓から毎日楽しみに眺めることができました。

また目の前には「不思議の国のアリス」にも登場するフォーリー・ブリッジがあるので、川(あるいは運河)のせせらぎを聴きながら、また時折顔を出すリスやアヒルたちに癒されながらのんびりと散歩などしていると、まさにアリスの世界に迷い込んだように美しく優雅なものでした。

大学での生活は、昼間は本を片手に石畳の上を颯爽と歩いて講義に向かう。またカレッジでの夕食では、学生が座って待つホールのハイテーブルに教員一同が入場し座ることで食事が始まり、ワインと共にコース料理をいただく。その後は別室に移動し、教授陣とお酒を片手に議論や談笑をする。また時には、多くの著名人も通いつめた老舗のパブでグラスを傾けつつ、夜遅くまで語らい合う。その姿は、まるで絵画に見る中世の様子と変わらない光景にも思えるほどでした。

フォーリー・ブリッジから見たテムズ川
フォーリー・ブリッジから見たテムズ川
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  テムズ川から見た私の住んだアパート
テムズ川から見た私の住んだアパート
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ロンドンのタワー・ブリッジ
ロンドンのタワー・ブリッジ
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  学位授与式
学位授与式
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カレッジでの食事会
カレッジでの食事会
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  クライストチャーチの食堂
クライストチャーチの食堂
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クライストチャーチ大聖堂内部
クライストチャーチ大聖堂内部
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  エクセター・カレッジのチャペル
エクセター・カレッジのチャペル
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カレッジ対抗ボート大会
カレッジ対抗ボート大会
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Oxford対Cambridgeラグビー大会
Oxford対Cambridgeラグビー大会
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複雑な構造をもつこの大学に所属する学生のみならず、教員にとっても重要な歴史長いイベントの中に、カレッジ間で競い合う各種スポーツ大会があります。中でもテムズ川で行われるカレッジ対抗のレガッタレースは各カレッジの卒業生をも巻き込んで大賑わいとなります。また、ケンブリッジ大学とは研究・教育からスポーツに至るまで、よきライバル関係にあり、年間を通じて各種スポーツでの対抗戦が行われています。

特に、1829年に始まったといわれる伝統行事のレガッタ大会では、オックスフォード大学とケンブリッジ大学の両大学が意地と面子をかけて対決します。同様に年に一度行われる両校のラグビー対決も大変有名で、私もそのスタジアムでの熱狂を実際に肌で感じることができました。ちなみに、この年のオックスフォード大学は見事に両大会で快勝することができました。

もちろんオックスフォード大学に滞在した主目的は研究です。近年、オックスフォード大学の工学部は、航空機用エンジンなどの製造に力を入れているロールス・ロイス社との連携を強めていて、同大学内に協力講座を有するなど密接な協力関係が築かれていました。

私の所属したFionn Dunne教授を中心とする研究グループは、固体力学&材料力学グループと呼ばれています。そこでは、金属疲労現象を中心として、解決すべき問題毎に異なる学科に所属する教授が結集し、その元でポスドク、学生などからなるグループを組んで研究を行います。私の滞在中の構成メンバーは教授2名、准教授2名、ポスドク3名、学生4名と私の総勢12名でした。ほぼ毎週メンバーが集合し、その間の研究の進捗状況を互いに報告し合うことで全メンバーが情報を共有し、連携を密にしながら研究を進めていました。

また、実働部隊となるポスドクや博士課程の学生は、研究テーマや新たに生じた具体的問題に応じて、その都度その問題に詳しいスタッフに相談しながら研究を進めて行きます。なお、私を除くメンバーの国籍は、英国人3名、中国人2名、そしてアメリカ人、イタリア人、インド人、ポーランド人、ドイツ人、南アフリカ人それぞれ1名ずつです。

大学の研究室にて
大学の研究室にて
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研究仲間とのBBQにて
研究仲間とのBBQにて
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研究仲間との食事会にて
研究仲間との食事会にて
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Fionn Dunne教授とは、渡英前にメールベースでの研究打ち合わせを入念に行っていたので、渡英後すぐに具体的な研究テーマに取り掛かることができました。それに加えて、民間企業との共同研究のメンバーにも加えていただき、帰国後の現在も継続して共同研究を行っています。

今回の滞在では、具体的な研究以外でも、グループとしての研究の取り組みに関して得るものがありました。しかし、彼らの多くはランチ以外にも決まって午前のコーヒーブレイク、そして午後のティータイムの時間をとっては共通スペースの食堂やカフェに赴いていました。当初そのような習慣の無かった私は、かなりの違和感を持ちつつも誘われるに任せて参加していました。しかし、その時間のおかげでグループ以外の多くの研究者からも多角的な助言や有益な情報をいただくことができた上に友人も増え、それ以降の研究の幅を広めることができたように思います。

また、「英国人はティーやコーヒーの時間ばかりとって、仕事の時間が短い、それでよく国がまわるものだ」という意見を渡英前に聞いていたし、実際に多くの教授やスタッフ陣がそのようなスタイルを貫いていたので、私自身も当初同じように感じていました。しかし、これが英国の大学での一般的な仕事のスタイルなのかは不明ですが、その何気ないティータイムに共同研究のアイデアが生まれ、また重要な物事が決定されていくのを幾度となく目の当たりにしたのは事実です。

私の滞在期間も半ばに差し掛かった頃、九州大学名誉教授の豊貞雅宏先生をオックスフォード大学にお迎えして、先生のご研究内容に関してご講演いただく機会を得ました。当日は、グループのメンバー以外の参加もあり、熱心に討議が行われました。

さらに、スケジュールの都合でご講演には参加できなかったDavid Nowell教授からの依頼を受けて、今度はDavid Nowell教授の部屋でもご説明いいただきましたが、そこでは非常に深く突っ込んだ議論が行われました。David Nowell教授のご研究内容に対する豊貞先生のストレートなダメ出しに正直ド肝を抜かれましたが、また翌日も議論をしたいという要請がでるほど熱い議論に花が咲いたのでした。

夕刻からは、豊貞先生への感謝の意を込めて、Fionn Dunne教授からカレッジでのフォーマル・ディナーへご招待いただきました。ハートフォード・カレッジの中でも最も良い場所に位置する特別な部屋で、ウエルカム・ドリンクに始まる豪華フルコースをいただきながら、同席した教授の方々との楽しい晩餐に参加させていただき大変光栄でした。

訪ねてきてくれた九大の元学生さん達と
訪ねてきてくれた九大の元学生さん達と
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  豊貞先生をお迎えして
豊貞先生をお迎えして
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豊貞先生の最年少教え子
豊貞先生の最年少教え子
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豊貞先生のご滞在中は私の家にお泊りいただきましたが、その間家族3人を皆元気に励まし、楽しませていただきました。またその数日後にはトルコ・イスタンブールで開催された学会でも家族共々ご一緒させていただくなど、とても良い思い出になりました。

オックスフォード大学での1年間は、私の研究の可能性を広げることができただけでなく、日本にいた頃には想像もつかなかった多種多様な生活・文化に接する機会を与えてくれました。生活面では不便を感じることもありましたが、各国出身のスタッフや学生との語らい、カレッジや工学部主催で行われたフォーマル・ディナー、クリスマスパーティーなどの各種行事を通して、伝統的なカレッジ・ライフやイギリス貴族社会の一面を経験できたことは大変興味深く、貴重な機会でした。

ここでは紹介できませんでしたが、他大学の研究者との出会いや、ロンドンで開催された二度の九州大学同窓会とオックスフォードで毎月開催されている研究者の会での出会いなど、様々な分野で頑張っている研究者、外務省などの省庁職員、ポスドク、博士課程学生など、多くの優秀な熱意あふれる方々との交流は、今回の滞在を大変豊かなものにしてくれました。

豊貞先生と雨のストーンヘンジへ
豊貞先生と雨のストーンヘンジへ
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  Fionn Dunne教授と私
Fionn Dunne教授と私
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コスタ・コンコルディア(1)
コスタ・コンコルディア(1)
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コスタ・コンコルディア(2)
コスタ・コンコルディア(2)
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帰国直前の2009年3月中旬にイタリア・ローマ発11日間の周遊クルーズ船に乗る機会がありました。この船は就航2006年、総トン数114,500t、全長290m、乗客定員3,800名の客船です。いわゆる超高級な豪華客船というよりも、比較的気軽に楽しめるカジュアルな雰囲気作りと価格設定に工夫を凝らしたクルーズで、小さな子供連れの家族や年配の方々のリピーター率も高く、近年益々乗船者数は増えているとのことでした。

この体験を通じて「船」に乗ることの喜びと欧米人の人生における「船」との関わり方が大変身近なものであることが実感できました。またそれゆえに「船」に携わるものに課せられた責務を再確認しつつ、この気持ちを忘れずに、研究・教育に励もうと心に誓うことができました。


これまでの経験と訪れた各国で出会った多くの方々との交流を大切な財産としていきたいと願っています。

コスタ・コンコルディア(3)
コスタ・コンコルディア(3)
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  コスタ・コンコルディア(4)
コスタ・コンコルディア(4)
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グロースター大聖堂の中庭にて
グロースター大聖堂の中庭にて
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最後になりましたが、この場を借りてオックスフォード滞在のチャンスを与えて下さった九州大学海洋システム工学部門関係者およびこれまでご支援いただいた多くの皆様に心よりお礼申し上げます。



関連リンク


堤成一郎
九州大学大学院工学研究院海洋システム工学部門
疲労、破壊、塑性、クリープ、き裂発生

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