トップページ > シリーズ 学生突撃レポート > Vol.001(学会誌「咸臨」2005年9月第2号より)

シリーズ 学生突撃レポート JASPA株式会社編


1.はじめに

現在、東大阪の中小企業でまいど1号(注釈1)という小型人工衛星製作プロジェクトが存在します。この様な航空宇宙産業における中小企業の動きは、東大阪に限った事ではなく、関東でも興っています。それが、今回取材させていただいたJASPA株式会社のプロジェクトであります。JASPA株式会社では、水上飛行機製作プロジェクトも存在し、卒業研究で造船と航空の融合体である飛行艇をテーマとした私にとって、非常に興味深い会社でありました。

横浜国立大学では造船海洋工学だけでなく、同じ重工業である航空宇宙工学の授業もあります。授業を通じて、造船海洋工学にはない「派手さ」「華やかさ」を航空宇宙産業が持っている印象を受けています。造船業界に、もう少し華やかさがあっても良いのではないかと思います。取材にあたり、造船業界と航空宇宙業界の予算や売上高などを調べてみたところ、宇宙開発費にあてる国家予算は平成16年で2,750億円にものぼることが分かりました。国を挙げての産業だとは分かっていたものの、こんなにも多いとは思いませんでした。

また、現在の売上高は意外にも少ない(母体企業の売上高に占める比率は、17.2%)のですが、既に高度な技術を持っている成熟産業であると大学の授業で習ってきた造船業界も、売上規模から見ると航空宇宙業界と同程度の規模となっている事に驚きました。また、対外関係は、輸入が圧倒的に多い現状にあります。この様な実態の中で、航空宇宙業界を日本で更に活性化させようとしている、昔からの縁の下の力持ちである中小企業の活動に興味を持ち、取材させていただきました。

(注釈1)東大阪のグループは、まんてんプロジェクトが発足する前から活動していた。今年(平成17年)の1月3日の毎日新聞の記事「新春インタビュー─東西2プロジェクト代表に聞く:宇宙へ飛び出せ町工場」によると、東大阪では、特定分野で強いオンリー・ワン技術を持つ会社が多く、“歯ブラシからロケットまで”がキャッチフレーズ。それなら思い切って若者が集まるような“大阪の地場産業”を目指し、ロケットを作ろうと思ったのをきっかけに、現実的である小型人工衛星(教育目的のまいど1号)の開発、製作を行っている。今年中の完成を目指す。

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2.JASPA株式会社〜設立まで〜

「中小企業独自で何かプロジェクトを立ち上げ、仕事をやらないか?」神奈川県異業種グループ連絡会議の事務局長である芝忠さんの声掛けがありました。それに集まった東京都大田区、神奈川県を中心とした地域の異業種企業約100社グループによる航空・宇宙関連部品調達支援プロジェクト。そこから生まれたのがJASPA株式会社です。元々、航空宇宙産業は多品種少量生産なので、中小企業こそ得意だそうです。集まった中小企業は日本が誇る様々な技術を持つ、いわばオンリー・ワンと言える企業ばかりです。

平成14年当時、NHKで宇宙飛行士を目指す女性を描いた朝の連続テレビ小説「まんてん」が放送されていました。同じ分野であるし、周囲からも分かりやすいであろうと考え、NHKに電話で問い合わせたところ、問題なくその題名を借りる事に許可が降りたそうで、集まった中小企業グループを「“まんてん”グループ」と命名したそうです。


図1 まんてんグループ相関図

中小企業は、今までは大手から下りてくる図面通りの物を作製していましたが、これからは自主製品を作成していくにあたり、「品質を自ら証明する、保証する」という事が重要になって来ます。そこで、まんてんグループ内の有志5 社で資金を出し合い、今までの大手の役割をするJASPA(Japan Aero Space Parts Association)株式会社を立ち上げました。(図1参照)

中小企業独自で品質を保証するために約一億円の三次元測定器を月額約100万でリース導入し、航空宇宙産業に相応しい品質保証体制作りに取り組む必要性があります。まんてんグループの航空・宇宙関連部品調達支援プロジェクト、通称“まんてんプロジェクト”立案後、計画は具体化に向けて一歩を踏み出したように見えましたが、そうした中で難問に遭遇しました。

JASPA 設立後1年も経たない内に機器導入の時期に関して「まだ実績もないのに毎月の高いリース料を払っていけるのか?」といった時期尚早ではないのかという意見と、「実績を出していくためには品質保証体制を整えることがすぐにでも必要だ」という意見と対立した時期があったそうです。結局、100%保証出来る、安心出来る、JASPAブランドというものを確立していく為には必要不可欠であるという結論に達し、導入に至ったようです。同じ社内の社員が同じ目的を持って働いている会社ですら、いざこざは絶えないでしょうに、“違う分野の方々を取りまとめる”と聞くだけで苦労が垣間見え、大変だろうと思います。


写真1 JASPAのマーク

写真1はJASPAのロゴマークですが、とても思い入れのある、凝った物で、始点が日本、終点が火星。目指すものは日本の中小企業製の航空機、ロケット、人工衛星etc…だそうです。多数のロゴマーク案から選ばれただけあり、印象的なロゴマークです。私はJAPANのJが日本列島であるところが気に入りました。ロゴマークに火星行き、と入れた理由は、「一つの大きな夢、目標を入れたかったから」だそうで、その手始めとして、水上飛行機を開発中とのことです。

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3.水上飛行機

このプロジェクトのコンセプトは、「海洋国であるわが国で、新たな次元で効率性を追求した水上および水陸両方で離着陸が可能な航空機を、高い技術を持ちながら下請けに甘んじてきた地域中小製造業を提案型に転換、活性化し、自らの発想で具体的な最終製品を作る」ということです。水上飛行機は、滑走時には船舶として考えられます。つまり、これはまさに造船と航空の融合体です。


写真2 水上飛行機プロジェクト会議中

プロジェクトは、定期的にグループ内の有志が集まり、南千住の航空高専にて定例会議(写真2)を開き、進めていると伺い、取材させていただきました(5月27日)。伺った時の会議の議題は水上飛行機に取り付けるプロペラの開発でした。このプロジェクトは、まんてんグループ独自の製品を作成し、特許をとり、利益を挙げ、実績を作っていこうといった方針の下で進行中です。

会議は、提案者が出席者全員の理解度を確認しながら進められ、まるでグループ学習のようでした。小中学校であった様な懐かしい雰囲気がありました。開発中のプロペラは、現在でも多い事故の原因の一つである、プロペラ後流の影響で右旋回、左旋回とそれぞれが持つ操縦特性の問題を解決する事を目標に置いているそうです。こういった、知識を持ち合い議論する場があれば、中小企業の知られざる高度な技術が埋もれてしまうことなくうまく生かされる良い体制が出来て行く気がしました。


写真3 開発中の水上飛行機模型

写真3は開発中の水上飛行機模型ですが、車輪がユニークなフロートに変わる予定だそうです。開発を目指す部品はプロペラの他にフロート、エンジン等があります。この様に入念な会議を経て出来上がったまんてんグループ独自の部品で組みあがった水上飛行機が、日本の海や空を飛び回る日が非常に待ち遠しいです。

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4.工場見学

中小企業の実際を知る為に、JASPA事務所横の三次元測定器と(6月6日)、JASPA元取締役青木さんの会社「青木精機製作所」を取材(5月13日、6月13日)させていただきました。

JASPA三次元測定器

JASPAの三次元測定器がある事務所は、横浜市保土ヶ谷区の自然あふれる山の中にあります。まんてんグループの中の一社で、JASPAへの出資会社でもある山之内製作所(YSEC)が昨年11月に横浜部署も作り、YSECの工場にJASPAの三次元測定器を間借り(オペレータもYSECから出向)させてもらっている様でした。特筆すべき点は、三次元測定器を管理しているのは、あくまでもJASPAだということです。YSECの工作機械の隣に三次元測定器(写真4)はありました。設置されている部屋は20℃に温度管理されており、その温度での測定がなされます。中小企業が独自で品質保証を行っていく際に必要不可欠な信頼をこの三次元測定器で得る方針だそうです。


写真4 三次元測定器

私は、従業員の方々が、中小企業が独自に動く事についてどう感じるのかが一番気になりました。

JASPAの方に、ここだけの話、と言われましたが、「簡単に、どういった影響が出てくるかと言うと、仕事が増える事になる。今まで仕事をしたくてもなくて困っていた企業は喜んでいるでしょう。」そして、「まんてんグループに所属している数多い企業が持つ参加理由の中に、“航空宇宙の仕事をこなす事でノウハウを蓄積したい”と言う事があります。今までは大企業に任せきりだった航空宇宙の仕事を経験すれば、今後どんな仕事でもこなしていける自信がつき社員のやる気向上にもつながるわけです。」と、中小企業が独自で頑張っていくには、従業員のやる気向上も図らなければいけないという問題も大きいようです。

インタビューでも青木精機株式会社ではどんな効果があったのかを伺っています。

さて、本題に戻り、その三次元測定器ですが、従来の物は測定中にプローブ(測定物に接触している球状の物)が測定物に接触すると止まってしまい、点でしか形状を追うことが出来ませんが、この測定器は形状に沿ってプローブが接触した状態で、スキャニング測定する為、精度が格段に従来の物よりも良いそうです。この三次元測定器は国際的な信頼を得ているドイツの“カール・ツァイス製”であり、聞くところによると、導入後、JASPA にはかなりの箔がついた様です。現在の稼働率はまだ5%程度であるため実績を作って行くことが主な今後の目標であるそうです。

青木精機製作所

取材させていただいた青木精機製作所の会長でもある青木祐寿さんは、まんてんグループ加盟企業の情報収集に一役かった方です。

「日本は、自動車、家電にしても、造船業にしても素晴らしい技術を持っています。しかし、航空宇宙産業は欧米に比べて遥かに遅れています。これは日本の航空宇宙産業の技術が劣っている訳ではなく、ただ航空宇宙分野に“慣れていない”だけなのです。これからは世界に目を向けて中小が頑張って行く時代です。その為にも実績を作らないと、と思い、様々なプロジェクトを考えています。」とJASPAの取締役でもあった青木祐寿会長は語ってくれました。


写真5 青木精機製作所本社

青木精機製作所(写真5)は、東京都練馬区の住宅街の中にある。昭和34年から3代にわたって続いてきた半導体関連ユニット、航空機エンジン用治具等の部品加工会社です。

航空宇宙産業へのつながりは、昭和45年に打ち上げられた人工衛星「おおすみ」の軌道制御部品を日産自動車の航空宇宙部門(現石川島播磨重工業)から任されたのがきっかけであるそうです。その後、大手精密機械メーカー等からの注文が入るようになり、現在の本社工場を建設したそうです。

工場は本社屋と別の場所でありますが、長屋の一部を改造したものだそうです。工場内は整理整頓がなされ、大学の作業場よりも非常にきれいでした。


写真6 人生変革訓

工場の中にとても印象的な額(写真6)がありました。社長が受けた‘地獄の特訓’にて感銘を受けた格言を社長自ら書面にした物で、“意識、行動、習慣、性格、人格、人生”と変化をして行く過程を追っていった物です。地獄の特訓とは、管理者養成学校が主催する「管理者としての必須スキルの習得」を目指し、休む暇なく延々と厳しい試練が課せられる合宿研修です。

特訓に参加なさった理由は、「社員を行かせるにも、まず自分の目で確かめてから行かせたかったから。地獄の特訓は人間の品質管理の意味を持ちます。」と教えてくださいました。参加後、社員への指導の仕方は変わったかを伺うと、「特訓は強制的で、自主性を重んじたりしないので効果は1、2週間しか持ちませんが、社員を経営者としてどう引っ張っていくかを学べたいい機会でした。」とおっしゃっていました。過去に培われた精神がまんてんグループ創設の経過に大いに役に立ったであろう事は容易に想像がつきました。

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5.インタビュー

JASPA、まんてんグループをもっと深く理解する為、青木会長に色々な観点から様々な質問をさせていただきました。


Q:

異業種グループをまとめると言った観点から、まんてんグループを立ち上げるのに一番苦労なさった点は何ですか

A:


写真7 インタビューを受けていただいた青木祐寿会長

日本の中小企業は自社が何をやっているのか、何が出来るのか、等の外に向けた自己アピールが苦手。まだまだ、「自社が出来る仕事は無いですか?」といった攻めの姿勢ではなく、「仕事があるのならやりますよ」といった受身の姿勢から抜けきれていない。また、出来ると外に向けて意思表示している技術も、実際は、仕事が少なく自社では打ち切ってしまった仕事であったり、他の中小企業に回している現実があります。それでは本末転倒なので実際に視察に行きながら、加入企業の情報収集をしています。まだまだ回りきれていない状況で、苦労しています。

Q:

異業種の連携もさることながら、大学との連携も考えていらっしゃる様ですが、どの様にお考えですか?

A:

大学との共同研究等、興味・知識がある人をどんどん引き入れていきたいと思っています。既に実例もありますが、学生は時間に余裕がある生活をしているので、期限を守らないなど、時間の点で困っている事もあります。

Q:

航空宇宙産業に中小企業のみで参加していく、と言った観点からするともう既に立ち上がっていた東大阪等のグループ(注釈1)から参考になさった点はありますか?

A:

今まで個人プレーのみでやってきたバラバラな企業を纏め上げていく苦労は何処のグループでも共通しています。これから起こるであろう困難な点や、問題点を予測する事くらいは、参考に出来ますが、やはりグループを構成している企業の特徴によって実際に生じる問題は変わってきてしまいます。ですから、避けられない壁はそれぞれに超えていかなければならない現実があります。

Q:

大企業を通さずに、中小から直接受注先に製品を納める形態となった今、従業員の方々の意識はどんな風に変わりましたか?

A:

前々からしっかりと管理していたので、急激に従業員の意識は変わってはいませんが、独自で品質管理を行うことで、自分達の製品の付加価値が上がって来ている認識はあるようです。

Q:

オンリーワン的な技術をお持ちの中小企業の技術を伝承していくにはどうしたら良いとお考えですか?

A:

社員数が5人、10人でも大手では持っていない素晴らしい技術を持った企業はたくさんあります。その社員それぞれが誇りを持って仕事をしくことが大切だと思います。また、技術を伝承してくれる後継者である若者にアピールする機会がもっと必要だと思います。

Q:

今現在教育を受けている、将来社会に出て行く学生、若者に向けて、航空宇宙業界への招待にあたる言葉をお願い致します。

A:

最近の若い子達は夢を持っていない。もっと夢を持って欲しい。しかし、講演会などで私(青木会長)の航空宇宙への夢を語ると目を輝かせて聞いてくれます。現在では、実社会で興味がわく様な話を聞く機会があまりないと思います。そんな機会が増えれば少しは変わってくるかもしれないですね…。

Q:

日本の航空宇宙産業を発展させるにはどうしたら良いとお考えですか?

A:

日本は、技術はあるが航空機に慣れていないので、技術があることを実証して、それから実績をどんどん作っていくことが必要であると思います。たくさんの人、大学、企業がまんてんグループに所属して知識を持ち寄って発展させていけたらいいと思います。

Q:

日本の船舶海洋産業を発展させていくにはどうしたら良いとお考えですか?

A:

やはり、航空宇宙産業と一緒で、手っ取り早く、身近なところから始めるといいと思う。水上飛行機なんてどうでしょうか?

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6.取材を終えて

授業の一環などで航空宇宙関係の研究所にお邪魔することが何回かありましたが、「これは失敗に終わりました。」「これはなぜかうまく行かないです。」「この研究はまだ着手されていないです。」等、数々の“まだまだこれから”という雰囲気のコメントを頂いていました。

成熟産業といわれている造船分野を主に学んでいた私としては、華やかな印象がある航空宇宙産業においての日本の開発力、技術力はまだまだなのだな、とそのままに受け取っていましたが、今回取材させていただいたグループの様な集団が、日本の現状に危機感を持ち、受身ではなく、自分達自身で何とかしていこうという革新的な姿勢を示しているのであれば、今後、業績をあげ、それが評価されていき、“日本の航空宇宙産業はまだまだである”といった意見をもつ人が減っていくと思います。

そして、現在、同じ様な状況に置かれている他の分野も、それに負けじと活性化していくのではないかと思いました。私は、まんてんグループの方々の大きな夢の実現に向けての活動を応援していきたいです。今回のレポートが終わってからでも注目すべきプロジェクトであると思いました。

最後になりましたが、今回、このレポートのお話を頂いてから色々な方々に出会いました。みなさん、今を活き活きと過ごしていらっしゃって、大きな夢を持ちそれに向かって突き進んでいく力がある方ばかりでした。

最近は、NEET が社会的に問題となっているように、若者が夢を持って活き活きと過ごすという時代ではない様な気がしますが、今後、この方々からバトンを受け取り、これからの日本を支えていく若者こそ、見習って夢を持って前向きに過ごすべきだと感じました。

これから社会に出て行く私にとって、取材を受けていただいた青木会長、青木専務、JASPAの職員の方々、お邪魔させていただいた水上飛行機プロジェクトの方々にそれを教えていただいた事は非常に感謝すべき事であると思っています。

謝辞

お忙しい中、取材を受けていただいた青木会長を始めとする、青木精機製作所の職員の皆様、JASPAの職員の方々、お邪魔させていただいた水上飛行機プロジェクトの方々に非常に感謝しております。

また、このような素晴らしい機会を私に提供していただいた日本船舶海洋工学会ならびに編集委員各位にお礼申し上げます。また、原稿を書くにあたって博士論文の資料を参考にさせていただいた山崎淳さん(横浜国立大学大学院、参考文献1)にこの場をお借りして感謝の意を伝えたいと思います。最後に、取材先紹介等、お世話になった大学院の担当教員である平山次清教授にも感謝しています。

参考文献

1)中小企業間における共同事業の構造.山崎淳(横浜国立大学大学院)
2)日本造船工業会ホームページ
3)日本航空宇宙工学会ホームページ
4)中小企業白書2005 年度版(中小企業庁編)
  その他、各社新聞、雑誌など


小嵜明日香(こさきあすか)

横浜国立大学工学府システム統合工学専攻
海洋宇宙システムコース修士1年
(KANRIN (咸臨) 第2号 (2005年9月) 発行当時)

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