時代と共に大型化への要求が高まる造船業界にあって、幸陽船渠の建造基地は瀬戸内海に面した50万平方メートルの広さを誇っています(写真1)。
大阪から新幹線で2時間の広島は三原に幸陽船渠があります。駅から歩いて5分の会社入り口から、まず目に付くのは2002年と2005年に設置されたゴライアスクレーン(写真2)であります。1基で800トンものブロックを吊り上げることができ、ブロック搭載に威力を発揮し、その大きさは正に圧巻でした。
また、その他にも3基のゴライアスクレーンを装備しており、合計2,800トンものゴライアスクレーンが装備されています。それらは、先行艤装、塗装、船体ブロックの搭載などに活躍し、ドック期間を短縮することに役立っています。また、ビルディングドックをはじめとする新造船エリア、修繕エリアがあります。
そして、自動化された内業工場にはプラズマY開先切断機、NC型鋼切断機、ロンジ自動組立・溶接装置など最新の工作機械が導入されています。また、ロンジ自動組立・溶接装置に関して言えば、まだ試験機段階であった1990年、世界に先駆けてテストを行ったという経験もあります。
今回は、これからの造船業界を担うべく、設備投資が盛んに行われている幸陽船渠に伺い、取材させていただきました。
幸陽船渠は昭和24年に創業し、昭和28年に新造第一船が竣工となりました。その後は、昭和61年に7つの工場を有する今治造船グループに参入し、グループを牽引する存在として、新造船建造に打ち込んでいます。そして、幸陽船渠の建造においての特色は、大型船のスペシャリティを発揮していることにあります。貨物船・コンテナ船や、タンカーの商船を中心に旅客フェリー、冷凍船、巡視船までに対応し、各種船舶に500隻を超える建造実績を誇っています。
現在、幸陽船渠では10万トン以上の新造船がメインであり、大型のタンカーやコンテナ船が主力であります。特に、大型のコンテナ船は年間に8.5隻を造っており、国内でも屈指の生産能力を誇っています。平成14年からは修繕事業部分を新造船事業に移すことにより、より多くの新造船を建造できるように取り組んでいます。現在、幸陽船渠での鋼材の使用量は年間30万トンであり、単一工場で見るとトップクラスであります。また、世界的にも建造隻数がトップクラスを誇る今治造船グループの3割にあたる新造船を建造していることからも、非常に活気ある工場だと言えます。
また、それらを支えているものとして、やはり人材が欠かせないものとなっています。豊富な設計ノウハウを有する約100人のエンジニアの方々が未知の船を生み出すべく活躍しています。また、工作スタッフの方々の陣頭指揮を執る各パートの技師の方々が建造の使命感に燃え、最新のハードを縦横無尽に活用し、設計者から渡された図面をもとに世界に誇れる新船をカタチにしています。
そして、最近では、LNG船の開発に打ち込んでおり、今年の8月17日には幸陽船渠の最初のLNG船が進水する運びとなりました。このLNG船は来年に完成する事となっており、完成した時点で世界で一番大きなLNG船となります。そのため、非常に大きな期待を持って建造されています。また、そのLNG船の設計には設計者の約3割もの方が携わっており、現場では半分もの方が携わっていることからもその期待の大きさが分かるかと思います。
また、幸陽船渠の強みの一つには堅実経営を旨とするその企業体質が挙げられます。未上場かつ造船専業メーカーという利点は、事業に対する意思決定をスムーズに行えるという点です。そして、今治造船グループの中で独立経営を貫き、造船業にのみ力を注ぎ安定した経営基盤を築くことに成功しています。造船においてはどこにも負けない企業力を備えるという本業に対する一貫した方針をもち、スピーディーな判断、業務遂行のための最適な環境づくり、組織の枠組みにとらわれない連携によって優れた仕事を可能にしている点が大きな強みとなっています。
最初に、プラズマ切断(写真3)の様子を見せていただきました。火花を散らしながら、厚い鋼板を切断する作業は、非常に迫力がありました。また、船という大きなものを建造する上で鋼鈑を精度よく切断するという作業は、非常に重要であり、その作業には熟練した技術者を配し、慎重に行っているとの事でした。
次に、曲げ工程・溶接工程を見学させていただきました。この工程では自動化された部分と、今なお、人の手で直接的に作業をされている工程とがあります。実際に、鋼材を曲げながら溶接する作業などは、機械での自動化をすることができず、今後も人の手によって作業されるはずです。このような熟練者による技術を、次代の造船技術者に、どのように伝えていくかが今後の課題であると考えられます。
次は、進水まで残り一週間という状況の新造船を見させていただきました。その船が配備されているドックに降り立ち船底から船を見上げますと、今まで以上に船の大きさを実感することができ、その雄大な姿に少しばかり目を奪われてしまいました。私が訪れた時は、船体後部のプロペラ(写真4)の検査の途中でありました。
プロペラの検査には10名程の人が立ち会っており、進水間近の新造船を入念にチェックしていらっしゃいました。その際に、聞いたお話の中で非常に印象的だった言葉があります。「大切な人員や商品を運ぶため、船というものは大きな製品ではあるが、場所によってはmm単位以下の誤差をなくしていかなければならない。そのためにもしっかりとした検査をすることは必要です。」この言葉からも、造船にかける社員の方の熱意が非常に伝わってきました。
最後に、艤装作業をしているコンテナ船(写真5)内部を見学させていただきました。艤装作業をしている船はすでに水の上に浮いている状態であり、船体内部もかなり出来上がっていました。
この先、この船に乗る船員の方々が快適に過ごし、存分に仕事に打ち込めるように効果的に船体内部が構成されていました。実際に完成間近の船体内部を歩き、見学することによって、この船が今後、人々の生活を支えることになるのだと実感することができました。
工場見学を通して感じた事は、幸陽船渠では効率的、かつ連続的に新造船を建造していくことを心がけており、その部分が特に幸陽船渠の強みとなっていると感じました。また、実際に工場見学を通じ、造船現場の人々に話を聞くことにより、社員の方々が船を愛し、自信をもって新造船を建造しているのだという、熱い気持ちが伝わってきました。こういった社員の方々の熱意が、これまでの日本の造船業界を支えていき、そして今後の造船業界を引張っていくのだと実感しました。
幸陽船渠・造船業界について更に詳しく知るために藤岡専務、檜垣常務(写真6)に色々な観点から様々な質問をさせていただきました。
造船所を訪れてまず驚かされた事は、そのスケールの大きさです。噂には聞いていましたが、実際にその現場を見てみると圧倒されます。また、造船業界とは成熟産業だと言われていますが、まだまだ、伸ばしていく余地や、伸ばす必要があると実感しました。まさに今回の訪問は、今までの漠然としたイメージが大きく覆された瞬間でした。
実際に、技術的に難しいとされるLNG船の建造に打ち込んでいらっしゃる方々は、「全員で困難に立ち向かおう」と実に活き活きとされていました。そういった大手にも負けないくらいの技術力を持ち、今後も造船専業企業としてやっていくという強い意志を感じることができました。
最後になりましたが、僭越ながら少しだけ自分の意見を書かせていただきたく思います。私は実を言いますと、船舶系の学科に4年半在籍していながら造船所を訪れるのは今回が初めてでした。周りでも、造船所を訪れた事のある友人は数える程度だというのが現状であります。そういった点をふまえて考えますと、船舶系の学生達は造船業界の良い点も、悪い点も知らずに卒業・就職していくのだと実感しました。
今後は、大学と企業とが連携し、学生にその魅力を伝えていく機会を作らなければならないと考えられます。そのためには、造船関連企業には積極的に、そういった場を設けていただきたく思います。大学側では、造船会社を訪問することを推奨するなど、些細な事でいいので、何かしらの工夫をするようにしてもらいたいと思います。
そうすることによって、造船業界の魅力を知らず、他の職業に就いていた学生達の中から、造船業界を志す学生が生まれてくると思います。船舶系の学科に来たのですから、一度は造船所を訪れることは必要なのではないでしょうか。そう感じたという事を最後の言葉にしたいと思います。
お忙しい中、取材を受けていただいた藤岡専務、檜垣常務を始めとする、幸陽船渠の職員の皆様、心より御礼申し上げます。また、このような機会を与えていただいた日本船舶海洋工学会ならびに編集委員各位に深く感謝しています。
松本 直博(まつもと なおひろ)
大阪府立大学大学院工学研究科 航空宇宙海洋系
専攻、修士1年
構造力学
(KANRIN (咸臨) 第10号 (2007年1月) 発行当時)