物流事業とは、我々の生活基盤に深く根ざした重要な事業である。なぜ、と疑問に思われる方にはぜひとも一度、服を裏返してタグを見て頂きたい。もちろん、中にはmade in Italyと書かれたタグを見つける事が出来る幸運な方もおられるであろうが、大抵はmade in Chinaと書かれたタグを見つける事になるであろう。
ここで述べたい事は、そのタグに記された国名がどこであるか、という事ではない。重要な事は、そこに記されている国名が日本では無い、という事である。この事は、なにも衣服に限った事ではない。例えば、デジタルカメラやプラズマテレビ、そして私が今向かい合っているPCといった様に、多くの物にも当てはまる。我々の身の回りにあふれている実に多くのものは、製造過程や原材料といった点で海外と密接なつながりを持っているのである。
この様な状況が形成されたのは、経済の原理からいえば至極当たり前の事である。すなわち、我々の経済が分業という効率的な仕組みを持ってして成り立っている限り、より安価な労働力を用いて海外生産される事になり、またより安価な原料を提供できる地域から原料を仕入れる事になったのである。
この分業というシステムは国同士というグローバルな視点のみならず、地域同士といったローカルな視点でも見受けられるのは容易に想像できるであろう。であれば、この分業体制というものを円滑に支援する為には、それらの地点間を結ぶ物流システムも不可欠である。逆に言えば、物流システムがあってこそ我々の今日の豊かな生活があるという事になる。
ところが、現実には物の製造技術や製品のもつ価値といったものばかりが着目され、我々の豊かな生活を可能にしているこの物流システムに関しては詳細を知る人は意外と少ないのではなかろうか。
そこで今回は、この物流システムの中でもとりわけ多くの量を取り扱うコンテナ船輸送に焦点を当て、コンテナ船の現状と、近年トレード量の増大が顕著な中国と日本の間の輸送における実情を探るべく、株式会社商船三井の協力の下、大井埠頭の見学及び、商船三井中国有限公司におけるヒアリング調査を行ってきたのでその結果を報告する。
近代的な建物が所狭し立ち並ぶ品川駅から、車でわずか15分程度の距離を進んだところに大井コンテナ埠頭は位置している。埠頭に近づけば近づく程コンテナを積んだトラックで道は覆われていくが、以外とスムーズに港までたどり着く事が出来る。
これも様々なシステム改善がなされてきた事による賜物であろう。これらのトラックとしばらく併走した後、港にたどり着くとそこでは写真1の様な奇妙な光景を目の当たりにする事になる。
まるで、幼少期に遊んだレゴブロックが想起される様な景色なのである。写真に写っているバスと比較していただければ、各コンテナはレゴブロックとは比較にならない程巨大な物であるのは明らかにも関わらずである。それがレゴブロックと思えてしまう程、ターミナル自体が巨大なのである。この壮大な景色にしばし圧倒された後、税関の手続きを終え、この巨大な港に足を踏み入れた。
港内は広大である為、バスによる移動となる。しばしバスで移動すると当日の見学対象であるMOLの巨大な船舶が停泊中のバースに到着した。このMOLのコンテナ船、まさに巨大の一言である(写真2、3)。
現在でこそ、積載量最大という呼称を明け渡してしまったが4,500TEUの積載許容量を持つ、大型パナマックス船である。もちろん、これ程の巨大船ともなれば貨物の積み降ろしも容易ではない。
写真3に示されているような巨大なガントリークレーンを用いて行うのであるが、このクレーンを4台総動員で行う。各クレーンが一時間当たりに移動させる事が可能なコンテナ数が約45との事であるので、仮に全ての貨物を降ろして再び満載まで積むとすれば丸2日以上かかる計算となる。
以外に大きな数字であり、この積み降ろしの時間の短縮こそが物流システム改善の為の大きな因子である様に感じられる。
さて、いよいよ船内への潜入である。船内にはデッキからのみ入れるとの事であるので、さっそく階段を上ってデッキへと上がる。ところが、このデッキの時点ですでにビルの5階程度の高さがあるので、隙間だらけの階段から下を見下ろすとかなりの恐怖を感じる。(写真4)
このデッキから更にエレベータで最上部まで昇った所に操舵室があり、そこを案内していただけるとの事であったので、さっそく向かった。
操舵室の広さは約300m²もあり、かなりの広さである。当日は停泊中である為、船員の姿は見あたらなかったが、運行中も4〜5人程度のクルーがいるだけとの事である。
それだけの人数で操舵が可能な様に、効率的にシステマイズされており、一見すると操舵室は巨大な車の運転席の様にも感じられた。
例えば、船の速度を決定するレバーはオートマの車のシフトレバーの様であった(写真5)し、操舵管は巨大なハンドルの様であり、それまで私が船舶に対して抱いていたイメージとは異なる様相を呈していたのである。
これらの最新設備を搭載した操舵室からは、前方に積まれているコンテナが一望できそこから見えるコンテナには数多くの種類が見受けられる(写真6)。
写真の右下部に見える、白色のコンテナは冷蔵機能の付いたコンテナである。これらのコンテナはその性質上電源が必要である為、デッキから3段目までしか積めないとの事である。
また左下部には、液体を輸送する為のタンクが見える。写真では少々見にくいが、このタンクを囲むように長方形型のフレームが取り付けられており、これによって通常のコンテナと同様に扱う事を可能にしているとの事である。
このコンテナ群からふと右方向に目をやるとお台場が一望できるのであるが、これ程身近な所でこの様なスケールの大きな事業が行われているという事実にはただただ驚くばかりである。
次に、商船三井の上海支部へと赴いた。実は、上海では1995年まで100%外資資本による船社は規制されており、その規制が撤廃されてようやく中国における商船三井の代理店として設立された会社である為、まだ設立からの日は浅い会社である。にもかかわらず、そのサービスグレードを生かし現在では中国において25の支店を持つまで成長している。そのような会社が抱える問題を伺うべく、東郷修平氏(総経理)、古川泰史氏(副総経理)の二名の方にインタビューを行った。
最後に、港の見学及び、MOL上海でのヒアリング調査から得られた知見を基に所感を述べたいと思う。
港の見学からは、物流システムのボトルネックが明らかになった。それは、港でのオペレーションである。実際の物流ターミナルではかなりのコンテナが滞積しており、システムの改善にはこれらのコンテナの延べ滞積量を如何に減少させるかという点が焦点となろう。
しかして、その為に港でのオペレーションのみを最適化しても、それまで円滑に進んでいた陸路輸送に支障をきたす可能性もあれば、海上輸送システムに問題が生じさせる可能性もある。重要な事は、物流システムの構成要素の一部にフォーカスを当て考察するのではなく、物流システムの上流から下流までを対象としてシステムを再構築していく事であるように感じられた。
次に、中国の物流事業所での調査結果からは、日本とその他の地域における事情の違いがもたらす影響の大きさといった物が明らかになった。例えば、通関のシステムの違い等は物流システムを考察する上でかなり重要なファクターである。しかし、とかく我々は自身の尺度で物事を捉えがちであり、日本という国において物流システムを考察する場合、その国の風土を基準として考えしまう。
もちろん、先に述べた様な通関システムに関する情報は、今日の様な情報が氾濫している世の中では目を凝らせば容易にたどり着ける情報ではあるかもしれない。しかし逆に言えば、情報が氾濫しているが故そのような情報を手に入れようという視点が無ければその情報に巡り合う事は容易ではない。
実際に、現場を見てこそ、どの情報がモデル化の際に重要であり、どの様な情報が不必要であるかという事が明らかになるのである。ともすれば机上の空論ともなりうる研究に対しては、現場を見学する事によるリアルとの融合という事を念頭に置くべきではなかろうか。この事をおろそかにしてはならないという事を改めて認識する事が出来た。
この度の見学では、東郷修平氏、古川泰史氏並びに商船三井の従業員の方々に大変お世話になりました。皆様方の御尽力により、大変有益な知見を得る事が出来ましたので、ここに厚く御礼申し上げます。また、このような機会を設けて頂きました日本船舶海洋工学会とその編集委員の方々に深く御礼申し上げます。最後に、本稿の執筆にあたり数々の助言をしていただきました鈴木克幸助教授、並びに「海上物流システムの最適化と適合船舶の開発プロジェクト」のメンバーの方々に深く御礼申し上げます。
有木 俊博(ありき としひろ)
東京大学大学院 新領域創成科学研究科
人間環境学専攻、修士1年
物流システム
(KANRIN (咸臨) 第11号 (2007年3月) 発行当時)