写真1 本社入り口
古くから造船の街として知られている長崎市内に長崎造船株式会社があります。長崎市内でも非常に交通量の多い大浦海岸通りに面しており(写真1)、対岸には三菱重工業長崎造船所が見えます。造船と漁業の盛んな長崎の街で、これまで中小型の漁船と漁業実習船の建造を数多く手がけている造船会社です。
また、国立大学法人鹿児島大学水産学部の漁業練習船南星丸(175GT)は、私が大学に入学した2003年から鹿児島湾や九州南西海域での調査・漁業実習に使われている最新鋭の実習船で、この実習船もここで造られました。私は、長崎造船株式会社で漁船や南星丸のような実習船作りと漁船の今後の見通しについて取材しました。
長崎造船株式会社は、昭和27年6月に日本水産株式会社の関連会社として設立されました。
当時は、漁船の改造、修理が主体でしたが、昭和32年からは新船建造も始め、各種漁船、官庁船、客船、特殊船など様々な中小型船をこれまで620隻以上建造しています。特に、昭和45年には年間24隻もの新造船を手がけており、当時は社員も約300人程働いていたそうです。
しかし、近年は漁船漁業の低迷もあり、新造船は年間3〜4隻位で、そのほとんどが海上保安庁や防衛庁、各県の水産高校実習船、漁業取締り船などの官庁船となっています。また、平成16年4月には会社の特徴的な施設でもある全天候型造船工場が完成、さらに品質管理システムISO9001を取得しています。この他、漁船を含め修繕船を工事の大小はありますが、年間230隻手がけているとのことでした。
これまで建造してきた漁船においては、まき網漁船、底びき網漁船、活魚運搬船、ホタテ養殖漁船など様々な漁業種の漁船建造に対応し、船主からの様々な要望に対応できるということです。
現在の従業員数は、営業部、設計部、総務部、工務部の4部体制で取材時で従業員が86名、その6割が現業員とのことです。
写真2 工場配置図
敷地内の施設(写真2)を順に堀田常務取締役より案内して頂きました。
まず、会社の特徴でもある全天候型造船工場(写真3)を見学しました。この建物の高さは体育館より遙かに高いもので、屋根は約半分が可動し、クレーンでブロックや様々な部品を運び込みやすいようになっています。
また、天井走行式のクレーンが大小4基設置されております。この全天候型造船工場の完成により、雨や風の影響を受けやすいアルミを使用した船舶の建造がしやすくなったとのことです。特に、官庁船の一部には、屋内での建造を約束しているものもあり、非常に役に立っているとのことでした。
見学時は、2隻を同時に建造する準備として、台車を組み立てるための溶接作業が行われていました。
写真3 全天候型造船工場
屋外にも4基の船台があり、新造と修繕の官庁船が1隻ずつ、どちらも工事が行われていました。漁船の修繕は、一般的に漁が休みとなる夏場に行われるため、冬場にかけて船台は空いているということでした。
工場の屋上部には、官庁船の船殻ブロックが2隻分ありました。これは、2隻同時引き渡しのため、同時に製作を進めているとのことでした。この船殻ブロックを全天候型の工場内に塔型クレーンを用いて運び込み、2隻同時に組み立て、同時に引き渡しを行う予定だそうです。クレーンは20トン型など大小7基あり、多くの作業で活躍しているようです。
また、来年にはさらに1基増設し、1回で目的の場所へ運べるようにして、作業の能率を高めるとのことでした。
工場の建物の中には、現図場と模型船を保管している部屋がありました。現在、図面からの切り出しは、外注によるNCにて切削加工されているため、現図場は使われていないとのことでした。模型船を保管している部屋には、これまで建造してきた船舶の模型があり、最適な球状船首(バルバスバウ)やビルジキールなどの形状・取り付け位置を検討するため、部分的に取り替え可能な模型もありました。
また、これらの模型船を用いた実験では、以前まで大学の試験水槽を利用していましたが、大手造船メーカーの試験水槽が利用できるようになり、より大きな模型による精度の高い試験を行うことが出来るようになったとのことです。これは、良い船を造ることにつながり、船主からも評価され、船価にも反映されるとのことでした。
この後、1階に降りると船殻工場にて、アルミ製の上甲板を製作していました。作業者は、加工作業中の粉塵対策としてマスクを厳重にしており、健康面への配慮がされていました。この作業は、アルミという金属材料の特性のために、雨の当たらない場所で行われていました。
会社の理念と目標、得意としている部分についてお聞きしました。
「お客様第一、誠意と技術でご奉仕」というスローガンを掲げ、従業員の生活の安定、地域社会に貢献と製品のコストダウンを目標にしている会社で、様々な漁法に対応した漁船の建造・修繕に対応しています。
漁船は船主さんの目が肥えており、様々な要望に対応できるよう従業員一同、誠心誠意で船作りを行っています。また、平成16年に品質管理の国際規格であるISO9001を取得し、品質目標を掲げ毎朝の朝礼にて全員で唱和し、品質向上に向け従業員全員で努力しているとのことでした。
近年、新造を手がける船舶のほとんどが官庁船であるため、何か民間船と異なる難しさがあるのではないかと思ったところ、基本である納期の厳守、速力、安全性や機器性能の確保と建造過程における安全、品質、工程管理は同じであるということでした。しかし、官庁からは様々な取り付け品の支給があり、紛失・損傷防止のため、その支給品の管理・取り扱いには非常に気を遣うそうです。また、検査結果などの提出書類が多いというのも特徴のようです。
写真4 長崎造船株式会社にて建造された南星丸
鹿児島大学水産学部漁業練習船南星丸(写真4)は、Ship of the Year準賞を受賞しています。南星丸は、先代より長崎造船株式会社によって建造されており、代船となる新南星丸も建造したいという思いが従業員一同の願いであったそうです。
練習船の乗り心地向上のため、少しでも船体動揺を軽減するために、ビルジキールの形状寸法を検討するための水槽試験を行っていました。また、漁業練習船のため、船底部に音波機器が必要となり、その性能を確保するために水槽試験を行い、全旋回式ポンプジェットの水の流れや泡などの影響を確認した上で取り付け位置を決めたとのことです。
また、全周窓型の操舵室を採用し、船尾方向への見通しも良くなるように工夫したそうです。
南星丸を設計する際には、限られた空間で居住区と漁労装置、航海・無線計器をより合理的な配置にするために何度も検討したとのことです。煙突の位置は当初の計画とは異なる位置に移動し、機関室のすぐ近くに居住区があるため騒音を抑える防音処置にも苦労したとのことです。
写真5 Ship of the Year授賞式(一番左が堀田常務)
Ship of the Year準賞を受賞した際の感想をお聞きしました。
「本賞の授賞式(写真5)には社長共々私も出席させて頂き感激しました。南星丸は大学、コンサルタント、造船所、関連メーカー一体となって良い船を建造したいという想いが認められた結果と思っています。また、今後の私共の船作りの励みとなりました。」
現在、資源量の減少や輸入魚による魚価の低迷、さらに原油高による操業コストの増加、職場の高齢化と後継者不足という日本漁業にとっては非常に厳しい状況下にあります。このような状況で、漁船を建造するメーカーとして今後の見通しについて聞いてみました。
平成5年頃から急速に漁船の建造が落ち込み、現在は(経営)体力のある船主さんが生き残りをかけて日々努力されているそうです。原油の高騰、素材などの全ての材料の値上がりによって新造船の建造には厳しい状況であるが、漁業を続ける以上はいずれ代船建造が必要になるということです。
また、政府も構造改革推進事業等で新船建造にかかる費用の一部負担を検討しているようです。そのため、今後は少しずつではありますが、漁船の建造も出てくると考えているとのことでした。
漁船に求められるであろう(必要とされている)新技術についてお聞きしました。
省エネ船型の開発と省人化装置の他に、漁獲物を瞬間に凍結させるといった商品の付加価値を高める装置が必要とされるのではないかということでした。また、初期投資とランニングコストの低減で船主にとって安い船が求められるということです。他にも、後継者となる若い人が乗りたいと思う設備や性能が求められるそうです。
近年の原油高と漁業の後継者不足について造船メーカーとしての対策についてお聞きしました。
原油高に対して省エネ船型の開発、省エネ機器の搭載という対策があるが、原油高の状況では、鋼材を含め全ての材料費が上がるので難しく、燃費効率の良い所で運用する方法や操船者に対する省エネ指導を行うことで得られる効果を具体的に数値で提案することが重要であるということでした。
しかし、さらに漁船は、漁業で採算の合う船規模(トン数、機関出力)、装備、運用方法(操業方法・時間など)をトータルで考える必要があるということでした。
また、収入が少ない船では、後継者が働くことは無理である。省人化を進めるべきであるということでした。
これからの日本漁船について理想となる姿についてお聞きしました。
日本の漁船は総トン数により規制されているため、船型と配置が窮屈にならざるを得ないところがある。今後は、後継者問題を含めゆとりのある船型と配置にする必要があるということでした。 欧米の漁船は魚を捕ることもさることながら、居住設備は日本の漁船と比較にならないほど充実している。今後は総トン数にこだわることなく、(規制が緩和され)自由な発想で設計できれば若い乗組員も増えるのではないか。但し、採算の合う船規模と漁業者が秩序を守ることが前提になるだろうということでした。
最後に、若い造船技術者と造船業界を目指す学生へのコメントを頂きました。
「弊社でもここ数年毎年若い人を2〜3名ずつ採用しています。造船は経験工学であり、多くの船を手掛けることにより技術は上達する。自分が手掛けた船が完成した時の喜びを一生続けていけるような技術者になってほしい。そうすれば自ずと技術も上達すると思う。学生の方には、学校で基礎をしっかり身につけてほしい。基礎は、現場ですぐに役に立つのは無理であるけれども、基礎を身につけていれば覚えが早い。そして、(船を)“作りたい”という情熱をもっていてほしい。」ということでした。
私は造船所を初めて見学したため、その工場の大きさやクレーンの高さには非常に驚きました。また、お話を聞くうちに、天候に左右されずに作業を進められる全天候型造船工場を持つ強みを感じました。また、漁船を多く手掛けた造船所ということも水産学部の学生として技術面のみでなく、水産業という産業維持の視点からの漁船作りを知ることができ、貴重な経験を得ることができました。これからは、船作りの基礎を磨き、情熱をもって大学生活を送りたいと考えています。
私の取材のためにお忙しいところ、快く工場を見学させて下さり、また多くの質問に答えて下さった長崎造船株式会社堀田常務取締役には心から御礼申し上げます。また、このような機会を設けて下さった日本船舶海洋工学会に深く感謝します。
刀根 隆典(とね たかのり)
鹿児島大学大学院水産学研究科修士1年
漁船工学
(KANRIN (咸臨) 第12号 (2007年5月) 発行当時)