トップページ > シリーズ・読みもの > シリーズ 海学実践 > No.004 - 学会誌 KANRIN (咸臨) 第25号 (2009年7月) より

シリーズ 海事産業を支える人材の育成


1. はじめに

「海洋教育」というテーマは、海事産業、水産業、環境保護、資源開発など多面的ではありますが、私たちの共通した認識として「海」は身近にあり、かつ、重要な存在であることを多くの国民に再認識してもらうことではないでしょうか。

海事産業という面から見れば、四面を海に囲まれた日本は、海を通じて経済と国民生活を支えており、安定的な海上輸送の確保は、日本の発展にとって極めて重要な課題です。

また、日本にとって海は身近な存在であり、古くから、各地の産業や文化の形成・発展に必要な物流の多くを海上輸送に依存しており、海上輸送を支えてきた海運業・造船業・舶用工業などの海事産業は現在でも日本の主要産業です。

これら海事産業は、国民の多くがそこで働くことを選択することにより安定的な人的基盤(ヒューマンインフラ)が確立しなければ存立し得ません。

平成19年に施行された海洋基本法においても、海事産業が日本の経済社会の健全な発展及び国民生活の安定向上の基盤であることにかんがみ、就業者の確保・育成についても、その健全な発展を図る上で必要不可欠な国家的課題として位置付けています。

2. 「海事産業」における人材の育成

日本が海洋国家として更なる発展を遂げるためには、「海からの恩恵」について広く国民に認知されることが必要です。

また、日本の経済と国民生活を支えている海事産業においては、少子高齢化社会の到来の中、ヒューマンインフラである船員をはじめとする「海事産業で働く人材」の確保・育成が極めて重要な課題となっています。

このため国土交通省では、海洋国家日本を支える海事産業の将来を担う青少年を中心に、

  • 海の魅力を広く国民に知ってもらい、海や海事産業に興味・関心をもってもらう(海事思想の普及・啓発)
  • 職業として海事産業に魅力を感じてもらい、将来の職業の選択肢として捉えてもらう(リクルート)

という2つの観点から様々な施策を実施しています。

2.1 関係者間の協力体制の強化

事思想の普及・啓発活動や、海事産業における人材の確保・育成に関しては、地方自治体、関係事業者団体など多数の関係者が連携して取り組まれていますが、国土交通省では、その連携を更に強化するため、「海事産業の次世代人材育成会議」を設置し、関係者の叡知を集結し、戦略的に人材の確保・育成に取り組んでいます。

2.1.1 ターゲットに応じた情報の発信

海事産業に関する情報は、小学生、中学生、保護者、教職員等発信していく対象によって手段や内容を変える必要があります。

特に、小・中学生には、海事産業の重要性はもとより、将来の職業の選択肢として海事産業を意識してもらうように小・中学校の段階からの学習・啓発が重要であると強く感じています。

子供たちに海の魅力や海事産業の重要性を伝えていく上で教育現場と連携していくことはたいへん重要かつ有効であると考えます。

昨年の3月に小・中学校の教育指導要領が改正になりました。

新しい教育指導要領には、海洋基本法の成立を踏まえて「海洋」に関する記述が盛り込まれ、すべての教科書ではありませんが、教科書へ海事産業の記述もなされていますので、今後、海事産業について学校教育の中で取り上げられることが多くなることが期待されます。

しかしながら、教職員に海や海事産業に対する興味や知識がなければ子供たちへ海の魅力や海事産業の重要性を十分に伝えることができません。

そのために、子供たちはもとより、先生方に対して海や海事産業に興味を示す素材をどれだけ用意できるかが重要な課題になります。

国土交通省では、関係者と協力し小・中学校における社会科見学、小・中学生と保護者を対象とした体験航海・海洋教室などを実施するとともに、社会科の授業で海事産業を取り上げてもらうため、教師を対象とした海洋体験実習を実施してきています。


海の仕事.com(http://www.uminoshigoto.com/

また、海洋国家日本の将来を担う青少年に、海の仕事の魅力や重要性などについて理解を深めてもらうための情報を提供するポータルサイトとして「海の仕事.com」を立ち上げ、造船業、海運業、船員といった職業を紹介しています。「海の仕事.com」の情報は、そのままプリントアウトすることで学校の授業や家庭で海や海の仕事について学ぶときの参考資料として活用できるようになっています。

今後、「海の仕事.com」は、海事関係の情報発信の中心的インターネットサイトとして強化・改善していく予定です。

2.1.2 海のまちづくり

日本の海事産業の多くは、水運の発達度や産業の立地経緯等から特定の地域に集積しています。

このような海事地域においても若年人口の減少や高齢化の進展等によりその活力が停滞ないし後退しつつあり、海事産業の後継者難や海外移転等により先細りの懸念が生じています。


海事地域のイメージ(今治市)

このような状況を放置しておくと、海事地域の中長期的な活力の低下が避けられず、日本全体の海事産業の衰退や船員をはじめとする海事分野における人材の確保にも支障を来すおそれがでてきます。

これらの問題を解決するためには、海事地域が、地域に集積された海事産業・文化の活性化に総合的に取り組み、青少年の海への関心の高まりを通じた海事関係の人材確保や特色のある海事地域の形成を実現することが重要です。

このため、国土交通省では、地方自治体が中心となって、海事関係者等が協力しながら地域性・特殊性を活かした「海のまちづくり」に積極的に取り組み、

  • 青少年が海や船に親しむ機会の形成
  • 学校教育と連携し海事教育の推進
  • 海運・造船等に係る人材の教育・訓練環境の整備を進める活動に対し、地方運輸局等を通じ支援するための新たな事業

を実施しています。

現在、大分県佐伯市、愛媛県今治市、静岡県静岡市(清水地区)、広島県尾道市、兵庫県神戸市及び熊本県宇城市の6つの地域において、地方自治体が中心となって、海事関係者等が参画した「協議会」を設立し、

  • 船員教育機関を利用した海運セミナー
    • 小・中学校社会科教諭対象の体験授業
    • 中・高校生対象の訓練船を利用した体験航海
  • 港の見学会・勉強会(出前講座)
  • 進水式、造船・舶用工場等の社会科見学
  • 中小船主自らが船員を育成するためのスキームの構築
  • 海事人材育成に資する学習用副教材の作成・活用

など地域性・特殊性を活かした「海のまちづくり」に取組んでいるところです。

3. おわりに

海事政策における人材育成は、一朝一夕には成し得ぬ大事業であり、官民をあげて中長期的な視点に立って取り組んでいくべき課題です。

今後も関係者が一丸となって海事産業における人材の確保・育成に取り組んでいきたいと考えています。



渡部 徹(国土交通省 海事局 海事人材政策課)
加納 浩(国土交通省 海事局 海事人材政策課)
(KANRIN(咸臨)第25号(2009年7月)発行当時)

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