トップページ > シリーズ・読みもの > シリーズ 海学実践 > No.010 - 学会誌 KANRIN (咸臨) 第28号(2010年1月) より

シリーズ No.010 水産工学研究所における海洋教育への取り組み


1. 地域とのふれあい

独立行政法人水産総合研究センター水産工学研究所は、利根川を挟んだ銚子市の対岸、波崎という漁業を中心に栄えた茨城県の町にある。研究機関なので普段「教育」という問題に接する機会は少ないが、毎年10月に行われる研究所の一般公開や地元夏祭りへの出展、ここ数年受け入れている地元中学校の職場体験などを通じて地域とふれあう機会がある。ここでは職場体験における筆者自身の体験と感想を中心に、当所の取り組みを述べてみたい。

2. 中学2年生の職場体験学習

地元の中学校では夏休み期間中、2年生を町の様々な職場に派遣し、仕事というものに触れる「職場体験学習」という科目がある。筆者はこれまで2回にわたり8名ずつ計16人の生徒を受け入れたが、ここではそのときの様子などを述べてみたい。

2.1 小数点の壁(職場体験受け入れ第1回目)

折角研究所へ来るのだから、何とか実験の真似事なりともさせてやりたいと思う。実験棟での安全確保のため2班に分け、実験棟での作業と室内作業とを1日ずつ交代で行わせることにした。

室内作業では、当時開発中のサンマ棒受け網漁船の設計に利用しようとしていたGuldhammer & Harvaldの剰余抵抗チャートの読み取りを、実験棟では開発の母型としたサンマ棒受け網漁船の模型を使って抵抗試験をさせる。読み取り用に拡大コピーしたグラフページ以外に、論文本体のコピーも配る。中学2年で読むのは無理だろうが、将来研究者になりたいという生徒がいて、ならたとえ読めなくとも、先々出くわすものを見せておくのは学校の勉強の励みになるだろうと考えた。

実験については、限られた時間の中で全てを理解させるのは元より不可能なので、実験そのものよりも「(変位や力が)どうやって計られているのか」に重点を置き、繰り返し説明する。子供たちは神妙な面持ちで聞いていたが、感じくらいは掴めたようだ。

室内作業では問題が起きた。学校との窓口となっている情報係長に任せていたが、彼は中学2年生ではグラフの曲線の小数点以下を読み取らせるのは難しいと言うのである。この時は学校側との情報交換が比較的密に行われており、彼は担当教諭から子供の能力差がかなりあることを聞いていたため、出来ない子が出てくるのを避けようとしたのである。子供たちは定規と電卓を手に一生懸命取り組んでくれたが、mm単位で読まれたグラフはデコボコになった。やむを得ないことである。

2.2 遠い√(職場体験受け入れ第2回目)

当初2人の受け入れが最終的に8人に増え、しかも2つの中学校からの混成軍となる。今回は生徒の自主性に任せているとかで、先生は姿を見せず生徒が直接打ち合わせに来る。代表の生徒が、学校で配布されたらしい冊子を、下を向いて一生懸命読み上げる。漸く読み終え顔を上げたので「おい!口上はそれだけか?もう言い足りないことは無いか!」と笑うと、皆恥ずかしそうに下を向いて笑っている。中学2年生でも、あどけない印象である。

今回は学校側の要望で3日間行うことになった。多忙を極めているので準備に十分な時間が割けない。このため室内作業は再度Guldhammer & Harvaldの読み取りにし、実験棟での作業もサンマ船が刺網船に換わっただけで抵抗試験になる。1日目を作業内容の説明と見学に当て、2日目から1日交代でそれぞれの場所で作業を行う。前回の事情を知らない今の情報係長は、小数点以下まで読ませると言う。

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写真1 実験水槽における職場体験学習の様子

室内作業は順調に進んだが、今度は実験棟の作業を担当した筆者が困惑することになった。解析結果の無次元化に使われている自乗、例えばV2などの表記法を知らないと言うのである。何とか説明したが、次に√が出てくるとお手上げになった。√は自乗の逆関数である。「自乗して記号(根号)の中の数になる数」と言ってみたが、自乗で躓いているのだからその逆関数など遥かに遠い先の話で、理解してもらえるとは思えない。

結局コンピュータに頼って処理だけをすることになる。数学の好きな生徒が1人いたので、「帰ったら、『開平法』をネットで検索してごらん」と言ってみると興味津々という表情で聞いていたから、調べてくれたかもしれない。少し先の目標を見せることは、子供たちに意欲や好奇心を持たせる上で重要なことだと考えている。

実際の計測や曳航台車の運転を、自分たちの手で行ったことには、どの生徒も好奇心を持ち、満足感もあったようである。しかし、高温多湿の実験棟の作業は堪えたとみえ、特に第2回目ではどの子も疲れ果てた顔をしていた(写真1)。

3. 研究所の一般公開と夏祭りへの出展

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写真2 研究所一般公開でのどじょう掴み

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写真3 実験棟の一般公開(海洋工学総合実験棟)

水産総合研究センター下の研究所では、年に1度研究所の一般公開が義務づけられている。当研究所は職員数の問題から、水産土木系と漁船・漁具、測器系の実験棟を交互に公開している(写真2、3)。数年前から広報に力を注いだ結果、現在は1日で1000人弱の来場者がある。公開内容としては、各実験棟の公開と職員による講演の他、子供向けにタッチプール、海草押し葉はがき作り、スタンプラリー、顕微鏡による生物観察などといった催しがあり、その時々の準備の都合や職員の配置などで決められる。

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写真4 波崎「きらっせ祭」への出展

一般公開に先だって、「きらっせ(いらっしゃい)祭り」(写真4)をはじめとする地元の夏祭りへ出展し、研究所の紹介と一般公開の案内を行っている。また、小学校から大学までの学生と教職員、水産関連団体からの見学者も年間を通して多数来所される。紙面の都合もあるので、これらの詳細は下記の水産工学研究所ホームページをご参照戴きたい。
http://nrife.fra.affrc.go.jp/ index.html



升也利一
(独)水産総合研究センター水産工学研究所
(KANRIN(咸臨)第28号(2010年1月)発行当時)

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