今の子供たちに、「海」という言葉を聞いてどのように思いますか?と聞くと、多くの子供たちは「こわい」と答えます。
これは台風が接近して防波堤に砕ける大波の情景や、油タンカーの事故で大量に流出した黒い油が岸辺に押し寄せて死んだ魚や油にまみれた鳥の姿をテレビで見たり、夏に海水浴に行くと遊泳禁止の看板と立ち入り禁止の有刺鉄線があり、ブイとロープで囲まれた狭い水域で監視員が見張っている中での水遊びが、子供たちの目には「安全で美しい海」ではなく恐ろしくて危険な場所と映るようです。
世界で7番目に長い海岸線を持つわが国の水辺は、殆どが人工護岸で構築され港湾施設や工場群が林立し、一般の人は近寄りにくく子供たちの目には決して美しい水辺とは映りません。私たちが訪れた小中学校の中には、海が近くで毎日のように海を見ながら生活している子供たちでさえも、潮の満ち干や高潮などの海の知識は殆どありません。先生や保護者たちはその理由を海に関する記述が教科書に無く、学ぶ機会が無いのですと言っています。
広い海に囲まれたわが国の子供たちが海に関心がなくなった一つの原因として、専門家の意見に、現在の小・中学校の教科書には「海」のことが単元としては出てこないことがあるようです。日本の理科の初等教育から海がなくなったのは大学の教育体制に原因が有り、総合的な海洋学が理学部に確立されていないためと言われています。
商船教育を経て、船会社に就職し世界を相手に20年から30年という海上経験を持つ我々の仲間は、海と船のプロフェッショナルとして海洋の自然や、海上輸送の重要性を認識し、身をもってその知見を積み重ねています。
私たち日本船長協会は、平成12年に創立50周年を迎えたことを記念して「船長 母校へ帰る」という事業をスタートしました。
協会所属の船長が制服を着て出身の小中学校を訪問し、後輩の生徒に海や船の話をするもので、それを通じて子供たちが海や船に興味を持ち、少しでも海事に関して理解を持ってくれれば海事思想の普及になるというのがこの事業を目的です。海の男が直接学校に赴き、しかも子供たちを相手にお話をするところがこの企画のユニークなところです。
事業を始めてから9年目の平成21年12月現在、既に実施した学校は37都道府県の75校で対象とした生徒は15,821名となっています。現在は年間8校程度を実施していて毎年1,600人程度の児童を対象にしています。
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卒業生の船長が出身母校を訪問する「船長、母校へ帰る」事業は講演者に限界があり、必ずしも卒業船長ではなくても講演ができるように次の3つのケースで実施することにしています。
⑴ | 講演者が自分の出身校へ赴いて講演する「船長、母校へ帰る」 |
⑵ | 講演者の出身校ではないが、居住地域あるいは、関係する学校へ赴いて実施する「船長、子供たちに海と船を語る」 |
⑶ | 依頼を受けて、船長協会本部が船長を派遣して実施する「船長、子供たちに海と船を語る」 |
いずれの場合でも、講演を希望する学校が決まれば協会は学校側と日程、対象生徒、人数、使用会場、時間割り、DVD映像の利用などを打ち合わせ準備を進めます。本事業は当初は日本財団の助成を受けて実施していましたが、現在は日本船主協会からの委託事業として実施しており、開催する学校には一切の費用負担を掛けることはありません。
講演の内容は、基本的には各講師に任せますが、先ず協会が作成したDVDによって海運の重要性、船の種類や大きさ、船の航路、貿易の話、海の自然、世界の港など海と船の基本を学習します。そのあと、自分が船長を志した理由、外国人との交流、トピックスとして海賊の話などを交えて自分の体験に基づいた話しをします。
講演中の子供たちの表情は、初めて聞く話しに真剣そのもの目をしています。講演のあと質問を受けると、思いもよらない質問があり子供の純真な気持ちが伝わります。また、講演会のあとには、子供たちから感謝の言葉や感想文が送られてきます。全く知らなかった海や船のことが少しわかったということのみならず、海や船、更に貿易に興味が湧いたという感想や、自分の進むべき進路に夢を持つことができたなど嬉しい感想を書いてくれます。
わが国には、世界でも珍しい「海の日」という国民の祝日が制定されているにも関わらず、小中学校の教育課程に「海」が欠けているのが不思議です。
「海洋基本法」が施行され、わが国の海事分野における人材確保のための施策として、「児童、生徒、青少年などに海の魅力や海の職場の重要性について認識を深め、感動とロマンを与える海事広報活動」が必要だと謳われています。
日本の子供たちがもっと「海」への興味を抱き、将来に向けて夢を抱き、その実現に向けて努力することを願いながら、日本船長協会はこの事業を続けていきます。
この事業の詳細は、日本船長協会のホームページhttp://www.captain.or.jpをご覧下さい。
池上武男
(社)日本船長協会
(KANRIN(咸臨)第29号(2010年3月)発行当時)