トップページ > シリーズ・読みもの > シリーズ 海学実践 > No.012 - 学会誌 KANRIN (咸臨) 第30号(2010年5月) より

No.012 海事教育プログラムを作り、行い、評価する─海事教育のあるべき姿を探る─


1. はじめに

(財)日本海事センターは、海洋国家たる日本の社会経済の発展と国民生活の安定向上に寄与することを目的として、各種の調査研究、海事図書館の運営、海事関係公益事業の支援を実施している。当センターが手がける調査研究は、海運法制や海運経済にとどまらず、海事思想の普及にもわたる。ここでは、その海事思想の普及の観点から、とりわけ学校教育における海事教育に着目して実施している「海事教育のあり方に関する調査研究」の概要を紹介したい。

2. 神戸大学との連携調査研究

当センターは、今後の海事教育のあり方を探ることを目的とする「海事教育のあり方に関する調査研究」を実施するため、2008年7月に神戸大学と連携協定書を締結した。神戸大学には海事科学研究科があり、海事に関する教育資源が存するのはもとより、人間発達環境学研究科が義務教育課程の学校教育に関して比類なき知見を有し、さらに、附属小中学校という学校教育実践の場を擁するからである。

本調査研究では、まず教育目標として次の3点を打ち出した。

洋諸事象に関して、自然科学的観点、地理・歴史・政治・経済・文化など社会的観点、工学・技術的観点、資源・エネルギー的観点、環境保全的観点、国際理解的観点など、多様かつ総合的な観点で児童・生徒の知識・理解を育成し、同時に海洋諸事象への興味・関心を高める。
それを通じて、我が国の海事産業の重要性についての理解を深めるとともに、海洋国家である我が国のあり方に関する判断力、意思形成力を育成する。
①及び②を通じて、児童・生徒が、将来、海洋と海事諸事象との関わりにおいて生活し、かつ社会参画を行っていくことの意欲・態度を高める。

かかる教育目標を達成するために、附属小中学校の教員が自ら教育プログラムを開発する(開発ユニット)、当センター及び海事科学研究科がそれを支援する(支援ユニット)、できあがったプログラムを他の海事関係者の協力も得て実践する、そして、人間発達環境学研究科がその教育効果の評価を行う(評価ユニット)、という体制を敷いた。

つまり、本調査研究は、確たる教育目標の下に教育プログラムを開発し、その実践及び評価を経ることで、最終的に小中学校における単元学習として取り込むことが可能なレベルの質及び形態の教育プログラムの具体像を生み出すことが期待されるものである(図1)。


図1 調査研究の全体イメージ


3. 平成21年度の試み

上記のような調査研究の枠組みにおいて、平成21年度は以下の教育プログラムを実践した。

(1)神戸大学附属明石小学校

神戸大学附属明石小学校は、5年生78名を対象に、海王丸・日本丸の見学会(6月10日)及び海王丸・海洋教室(6月13日)を盛り込んだ「海と私たちとのかかわりをさぐろう」という単元を開発し、実践した。

同単元の狙いは「海に関する活動を行うことを通して、自然の壮大さを感じたり、海に関する様々な自然現象のしくみや海に携わる人々の営みを知るともに、協力して海辺での生活をつくりあげながら、海に対する考えを深めようとする。」である。それに合わせ、支援ユニットを通して航海訓練所及び海技教育財団のバックアップを受け、児童は、海王丸及び日本丸の船内でグループ毎に乗組員から説明を受けつつ船内見学を行い、加えて船長による講演を受けた。

写真2枚とも海王丸(6月10日)の船内見学 写真2枚とも海王丸(6月10日)の船内見学
写真2枚とも海王丸(6月10日)の船内見学

(2)神戸大学附属住吉中学校

神戸大学附属住吉中学校は、2年生80名を対象に、船上での海水調査及び船長講演会を組み込んだ「自ら学ぶ私たちの環境」という単元を開発し、実践した。

同単元の狙いは「①私たちが使用する水、学校近辺の河川や池、船で使う水、海洋実習による神戸沖海水の水質調査と講演により、私たちの身近にある水に関わる環境問題に対して関心を持たせる。②水に含まれた物質を実験・観察によって数値データとして求めさせる。③得られたデータをグラフ化し、比較分析することで問題点を明らかにさせる。④実習および講演によって水にかかわる環境に関してグローバルな視点を持ち、問題点を説明させる。」である。

それに合わせ、支援ユニットを通して日本船長協会及び神戸運輸監理部の協力を得て、生徒は、客船に乗船し、海水調査を行うとともに、「船で使う水」というテーマで、飲料水から造水、バラスト水まで元船長から講義を受けた。

(3)教育効果の評価

上記いずれについても、評価ユニット(神戸大学人間発達環境学研究科)が評価を実施している。目下、結果を集計中であり、整い次第公表する予定である。

ここでは、当該教育プログラムの開発者であり実践者である附属校教員の事後の感想(経験に基づく端的な評価と言えよう)を紹介すると、例えば、明石小学校の事例(上記(1))では、船内における学習及び体験として想定していた通りのものを航海訓練所の方々が提供してくれ、そして、説明の際の言葉が対象の児童に適切であり明確であったことから、当該教育プログラム全体を理解するのに有用であったとのことである。また、2回の船内における学習の機会が時間的に近接して実施されたことが、児童の学びを予想以上に深いものにしたとの見解もあった。

4. おわりに

ここに紹介した当センターと神戸大学との連携調査研究は、開発・実施・評価をサイクルとする実験的なプロジェクトであり、2年目を終えるところである。プロジェクトを通して、関係各方面の協力・支援を得ながら知見を蓄積し、さまざまな形での応用を試みながら、学校教育における海事教育の充実、海事思想の普及に向け努力していく所存である。

なお、当センターは、当調査研究の一環として教育関係者を対象とする「マリタイム・ブリッジ」(http://www.maribridge.com)というサイトを運営している。そこでは当調査研究の進捗状況のみならず、広く海事教育に活用可能な情報を提供しているので閲覧されたい。

また、当センター独自の取組みとして、『海の環境革命〜海事社会と地球温暖化対策〜』(冊子及びDVD)を作成し、3月に配付した。これは学校教育における活用も想定したものであり、当センターホームページ(http://www.jpmac.or.jp)上でもダウンロード及び視聴が可能である。海事教育及び海事思想の普及の一助となれば幸いである。



野村摂雄
(財)日本海事センター 企画研究部 特別研究員
(KANRIN(咸臨)第30号(2010年5月)発行当時)

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