東京都文京区立の小学校では、毎年6年生を対象に夏季施設、岩井臨海学校を実施している。子どもたちの参加は基本的に希望制であるが、夏の海での宿泊体験活動ということで子どもたちもたいへん楽しみにしている。期間は二泊三日、学校からバスで千葉県の岩井海岸まで出掛けての活動である。その目的は次の通りである。
この臨海学校での子どもたちの一番のチャレンジは2日目の耐久泳である(表1)。足の届かない深さの海で500mも泳ぐのである。
表1 2日目のスケジュール | ||||||||||||||||||||||||||
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<班編成の工夫>
6年生は4学級あるが、学級を解体し全部で13班に分ける。それぞれの班では一人一人担当する係を決め、規律のある宿泊体験を心掛けた。この班編成はなかなか大変な作業で様々な配慮をする必要がある。耐久泳に備えた個々の泳力への配慮、男女数のバランス、担当教師の配置などを鑑みながら編成してきたところである。子どもたちの係としては、班長・副班長・整頓・食事・入浴・バスレク等を分担し、歯磨き、トイレ、食事、検温、班会議、ふとん敷き、洗面、掃除等々を皆で協力して生活できるようにしている。とりわけ大切にしていることは本校の教育のシンボルである『水辺の馬』、すなわち「馬を水辺に連れていくことはできるが、水を飲ませることはできない」という諺、自主自立の精神である。各班にそれぞれ生活や水泳の目当てを立てさせた。
★ | みんなで なかよく 元気に生活する。 |
★ | しおり、時計をよく見て行動する。 |
★ | 5分前行動を心掛ける。 |
☆ | 海に親しみ、泳ぐ時と楽しむ時を区別する。 |
☆ | がんばって自分の目標まで泳ぐ。 |
☆ | 先生の笛、話をよく聞く。 |
期間中に子どもたちが海に入る回数は4回であるが、子どもたちが海に親しめるよう、①水に慣れる、楽しく泳ぐ。②工夫して、色々な泳ぎをする。という目当てを立て、綿密な計画のもと海に親しませることとした。
① | 腰までの深さで約10分間遊ぶ、バディー確認2回、水への入り方、退水後の人員確認が速やかにできる。 |
② | 波に乗って平泳ぎで約15分間泳ぐ、バディー確認3回、班の先生の指示が守れる、退水後、手や体に砂をつけない。 |
③ | 班ごとに楽しく約10分間泳ぐ、指示に従って全員同じことをして楽しむ。(例)てつなぎ、仰向け、うつ伏せ、もぐりっこ、手中花、股くぐり、逆立ち、競泳等(以下省略)。 |
写真1 浜辺での朝会
沖合に脚立を2つ設置し、その間を50mのロープを張って固定する。10m間隔にブイをつける。子どもたちはそこを5回往復することになる。その間を海側及び浜辺側に教員を配置し、子どもたちへの声かけ、励ましをしながらしっかりと見守ることとした。グループごとの活動ということでスタートからゴール、とりわけ安全を第一と考えた。初めての耐久泳ということ、これまで500m泳げていない子どもたちである。事前指導として水泳指導や夏のプールでの指導を徹底させてきた。子どもたちもそれなりの準備をしていたようであるが、やはり不安げな表情であった。
<子どもの感想―卒業文集から―>
『六年生の夏休みといえば、岩井!』
私は、岩井の海で500mの耐久泳がとてもいやでした。最初の水泳の時、100mぐらしか泳げなくて、本当に心配でした。
岩井に到着してビーチサンダルで砂の上を歩いたらとても熱かったです。1回目の練習で海水を飲んでしまってすごく苦しかったです。「やっぱり海だな」と感じました。
二日目は岩井はとても暑くて砂も熱かったです。クラゲにさされないかな、と心配でした。そして耐久泳がやってきました。私は泳げなくてもいいからがんばろうと思って500m耐久泳にチャレンジしました。幸い泳いでいるときはクラゲにさされませんでした。泳いでいたらあっという間に400m泳いでしまい、最後の100mを精一杯泳ぎました。100m、50mとだんだんゴールに近づき、担任の先生にタッチして見事500m泳ぎ切りました。この岩井で私はあきらめないことの大切さを学びました。
写真2 完泳証表彰式
宿舎の近くに文京区立岩井学園がある。ここは「肥満・偏食・虚弱・アレルギー・喘息等、健康上の課題がある子どもたちのための全寮制の学園である。ここが岩井臨海学校の本部である。ここの体育館をお借りし、毎年、耐久泳の表彰式を行っている。グループごとに一人一人に校長から完泳証・記録証が手渡される。本部の指導員もこの様子をしっかり見守っている。500m完泳できた子、途中で足をついてしまい悔しい思いをしている子、様々ではあるが一人一人自分に挑戦していく体験こそ価値あるものではないかと受け止めている。
宿舎からさほど遠くないところにホタルが見られるというので夜の散歩と称して、ホタル観賞をしている。夏の海辺の暗い夜道を懐中電灯を持ちながら出掛ける。槙の木の囲いのある家々を通り抜け、田圃道に入ります。その田圃の奥の林にホタルが見られるかもしれないという期待を抱いての散策である。
近年、農薬等の影響でホタルがあまり見られなくなったとのこと。しかし一匹、二匹とほのかなホタルの動きを見つけて歓声があがる。「ほ、ほ、ほたるこい」という歌声が聞こえ、帰り道には夜空に白鳥座を見ることができる。
また、地元地域の花火大会が毎年決まった日時に実施されている。臨海学校の実施日時は小学校20校の持ち回り、8年に1回その機会に恵まれる。幸い昨年は大当たり。近くの防波堤から大きな花火が打ち上げられる。浜辺に座り込んだ子どもたちは、目の前で展開される大きな音とともに夜空に花開く花火の迫力に大きな歓声を上げていた。
臨海学校という海での自然体験を通して、また集団生活を通して子どもたちは様々な学びをしている。ダイレクトに夏の砂浜の熱さ、砂の感触、波の動き、潮風の匂い等々、海そのものを味わっていた。とかくバーチャルな世界に陥りがちな子どもたちにこうした原体験というか生理的なレベルでの様々な体験、例えば熱いとか冷たいとか、ヌルヌル、ザラザラ、チクチクなどの体験こそ今必要なのではと思う昨今である。
石井梅雄
文京区立窪町小学校
(KANRIN(咸臨)第30号(2010年5月)発行当時)