トップページ > シリーズ・読みもの > シリーズ 海学実践 > No.014 - 学会誌 KANRIN (咸臨) 第31号(2010年7月) より

No.014 海洋教育のカリキュラム作成


1. 海洋の重要性

海は、私たち人類の生命を誕生させた場所である。現在も地球上の水分の97.5%を湛え、地球表面の7割を占めており、私たちの暮らしを支える水循環の中心的な役割を担っている。こうした海の存在なくして、現代社会の安定的な発展もなかったのではないだろうか。

特に、我が国においては、その重要性は顕著である。なぜなら、周囲を海に囲まれた私たちの国では、海と深いかかわりを通して人々の暮らしが営まれてきたからである。そして、これからも多様な生物や豊かな資源が存在する場、世界の国々との交易を行う海運の場として、大きな可能性を秘めていると考えることができよう。

そうした中、限りある海の恩恵を次世代に引き継ぐための海の開発・利用・保全を行い、海を自国の持続可能な発展に生かす努力を、世界各国共に取り組み始めている。

2. 海洋教育の実際

学習指導要領における海洋教育の位置付けは明確ではない。義務教育においては、社会科や理科などで海洋に関する内容が一部存在する。また、国語科などでは、教科書などの教材において海洋に関する題材が扱われている。しかし現時点では、海洋に特化した体系的なカリキュラムは国の示した教育課程の基準には位置付いていない。

一方、平成10年に創設された総合的な学習の時間では、海洋に関する豊かな実践が繰り広げられてきた。総合的な学習の時間は、その特徴として問題解決的な能力を育成すること、現代社会の課題を扱うこと、自己の生き方を考えることという特徴がある。海は、これから求められる持続可能な社会の構築を目指す上では欠かすことのできない場所であり、現代社会の課題が凝縮した場所でもある。また、私たちの日常生活とのかかわりの深い場所であり、そうした中で起きる様々な問題は解決すべき重要な課題となってもいる。しかも、こうした課題の解決こそが、これからの社会における自己の生き方を考えることにつながるものとも言える。

今後は、総合的な学習の時間などを中心に、現代社会を扱う重要な学習の場として海洋教育を推進していくことが可能であろう。

しかし、海洋教育に関しては、総合的な学習の時間だけはなく、各教科等においてもその位置付けを明らかにしていく必要がある。このことは、海洋基本法第28条の次の表現にも明らかである。

第28条
国は、国民が海洋についての理解と関心を深めることができるよう、学校教育及び社会教育における海洋に関する教育の推進、海洋法に関する国際連合条約その他の国際約束並びに海洋の持続可能な開発及び利用を実現するための国際的な取組に関する普及活動、海洋に関するレクリエーションの普及等のための必要な措置を講ずるものとする。(アンダーラインは筆者)


3. 海洋教育普及促進に向けた取組

そこで、海洋政策研究財団では海洋教育の定義を以下のようにまとめ、その普及促進のための取組を始めた。

人類は、海洋から多大なる恩恵を受けるとともに、海洋環境に少なからぬ影響を与えており、海洋と人類の共生は国民的な重要課題である。海洋教育は、海洋と人間の関係についての国民の理解を深めるとともに、海洋環境の保全を図りつつ国際的な理解に立った平和的かつ持続可能な海洋の開発と利用を可能にする知識、技能、思考力、判断力、表現力を有する人材の育成を目指すものである。この目的を達成するために、海洋教育は海に親しみ、海を知り、海を守り、海を利用する学習を推進する。

さらに、次の5つの提言をまとめ、その提言に向けた着実で戦略的な前進を目指すこととした。

海に関する教育内容を明らかにするべきである
海洋教育を普及させるための学習環境を整備すべきである
海洋教育を広げ深める外部支援体制を充実すべきである
海洋教育の担い手となる人材を育成すべきである
海洋教育に関する研究を積極的に推進すべきである
(アンダーラインは筆者)

4. 海洋教育カリキュラムの開発

先の提言の①にある「海に関する教育内容を明らかにするべきである」については、「海は自然現象から社会事象、さらには文学・芸術的な要素をも包含する幅広い学習題材としてとらえることができる。この特徴を活かすためには、理科や社会科等の教科学習のみならず、教科横断的なアプローチとして、自然に触れ海に親しむための体験活動、またそれらを組み合わせた探究活動によって、総合的な思考力並びに判断力を養う学習が望まれる。学校にこうしたアプローチの指針を示すため、具体的な教育内容及び方法を早急に明確化して提示すべきである」と詳しく記している。

そこで、以下のような目的・体制・手順で海洋教育のカリキュラムを開発した。

(1)目的
義務教育における海洋教育は「海洋」という教科の新設を目的とするのではなく、既存の教科を横断的に連携させて行う総合的教育体系であるべきであると言うことを、海洋教育に関するカリキュラム(以下、カリキュラム)開発の前提条件とした。また、2008(平成20)年3月に公示された新しい学習指導要領の下で、海に関連した教育内容、並びにそれらを通じてどのような能力を育成するかを明確にするため、「何を、どの時期に、どのように教えるか」を具体的に示すこととした。

(2)体制
開発にあたっては、まず教育関係有識者と海洋関係有識者で構成した「我が国の海洋教育体系に関する研究委員会」において基本方針と仕様を決定した。これを踏まえた上で、小学校教師や教育と海洋の専門家からなる「海洋教育に関するカリキュラム検討会」において、具体的内容を検討するとともに開発・作成作業を進めた。

(3)手順
カリキュラムは、先に示した海洋教育の定義、コンセプト(下図参照)などをベースに作成した。内容系統表はスコープ(内容構成等の視点)とシークエンス(発達等の特性)の横軸と縦軸で形成し、スコープに「親しむ」「知る」「守る」「利用する」の4項目を取り、シークエンスを「低学年」「中学年」「高学年」の3段階とした。

次に、新しい学習指導要領に示された各教科の内容、及び現行の教科書の海洋に関係する内容を全て確認し、小学校において実施が可能な海洋教育の内容を抽出した。教育内容は新しい学習指導要領を踏まえ、「具体的な活動を通し、対象を認識し、必要な能力を育てる」という文法に統一表記した。最後にその内容について実際の授業を行うための単元計画と授業計画を作成した。なお、カリキュラム中で扱う海洋に関する内容については、総合的海洋管理の入門書として高等教育機関テキスト用に出版された「海洋問題入門(海洋政策研究財団編)」の項目に準拠させ、海洋基本法が求める教育内容を確保した。

【海に親しむ】海の豊かな自然や身近な地域社会の中での様々な体験活動を通して、海に対する豊かな感受性や海に対する関心等を培い、海の自然に親しみ、海に進んでかかわろうとする児童を育成する。
【海を知る】海の自然や資源、人との深いかかわりについて関心を持ち、進んで調べようとする児童を育成する。
【海を守る】海の環境について調べる活動やその保全活動などの体験を通して、海の環境保全に主体的にかかわろうとする児童を育成する。
【海を利用する】水産物や資源、船舶を用いた人や物の輸送、また海を通した世界の人々との結びつきについて理解し、それらを持続的に利用することの大切さを理解できる児童を育成する。

引用参考

http://www.sof.or.jp/jp/topics/09_06.php



田村 学
文部科学省初等中等教育局教育課程課 教科調査官
国立教育政策研究所 教育課程調査官
(KANRIN(咸臨)第31号(2010年7月)発行当時)

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