水族館は、生きている資料を扱う科学系博物館の一つである。2008年に改正された博物館法では、博物館の定義を“資料を収集し、保管(育成を含む)し、展示して教育的配慮の下に一般公衆の利用に供し、その教養、調査研究、レクリエーション等を行い、調査研究をする機関”(抜粋)と記述した。ここで注目すべき点は、保管の機能に「育成を含む」と追記されたことで、正に水族館の“生きた資料の育成”も、資料保管の機能に位置づけたものといえる。また同法改正において「博物館資料」の解釈も、“博物館が収集し、保管し、又は展示する資料(電磁的記録を含む)”とし、従来の実物に加え、文字、画像、映像などの情報が博物館資料に含まれたことは極めて意義が大きい。
博物館資料の概念は、多様化と進化をしている。かつて実物を一次資料と呼び敬重していた頃とは一時代を隔するようになった。遺跡、景観、フィールド、無形文化財や情報機器、ネットワーク上の情報資源、メディアによる映像にも解釈が広がっているのである。
今後、博物館が提供する資料は、実物に内包された情報も含め、積極的に発信すべきだろう。特に水族館においては、資料が「生きている」ため、展示資料としての寿命や消耗があり、保存と再現性に優れた情報資料を同時に具備しておく必要性がある。またこれらの情報を発信することが、命を持った生物への責任や返すべき礼と考えたい。このことから水族館は、「水生生物の学術資料を収集・展示し、それらの情報を人に発信する施設」と言え、またその情報の発信には、利用者に対し感動と知的理解を伴う交流機能も必要で、これこそが水族館教育の役割と言えよう。
これまで、水族館や博物館などの社会教育機関と学校が協働して進める学習活動を、博学連携と呼んできた。さらに、1996年の文部省生涯学習審議会の答申において、博学連携の最も進んだ形態に「学社融合」という考え方が示された。さらに、2002年度から始まった「総合的な学習の時間」には博物館の活用が推奨され、学校完全週五日制でも週末を博物館ですごす支援が行われている。さらに2010年度においては、社会教育において“新しい公共”という概念が示され、博物館の機能により一層の公共性が求められている。このように、今ほど水族館(博物館)と学校の連携に追い風が吹いている時代はない。
さらに学校現場では、2005年を一つの目標として、高速回線やPCの導入などのインフラとしての情報化を目指し、あわせて子どもたちの情報活用能力を向上させる“情報教育”という学びのフィールドも発展させてきた。このような中、水族館が専門的な情報を提供できる環境整備とコンテンツを充実させ、前述のような制度の充実を活用することで、一層に学校教育へ寄与できるチャンスが増加すると考える。
地球環境、生物進化、生態系、歴史、文化、食糧生産など、あらゆる事象に大きな影響力を持ち続けてきた海洋の実態を、私どもはいつ、どこで、誰から、どのように学んできたのだろうか。特に、四方を海で囲まれている日本人は、日常的に海洋を利用し、様々な恵みを得てきた。しかし国民は、海洋の表面しか見ておらず、全体にわたる現象への理解、知識、経験も豊富ではない。これは特に、小中学校などの義務教育において、海洋に関する単元や教材、実習などの体験的なプログラムが十分に開発されてこなかったことも一因しているだろう。このことは、地球全体の環境や生態系の保全にかかわる重要な課題であり、その解決のため、海洋に関する興味・関心を高める基礎教育が社会教育の視点からも急務と言えよう。またそれを示すかのように、2007年に制定された海洋基本法にも、海洋に関する国民の理解増進のため、学校教育と社会教育の推進が謳われている。もちろん、ここでの社会教育とは、水族館が取り組む教育活動も指しており、海洋教育の場としての期待が高まっている。
水族館におけるICT活用は、プロジェクター、デジタルカメラ、デジタルビデオ、PC、サーバ、テレビ電話、携帯情報端末などの機器と、WebサイトやCD-ROMなどに収められたデジタルコンテンツ、及び、インターネット、高速通信網、イントラネット、LANなどのネットワーク環境などが整備され、多彩な手段による情報送受信と交流が可能になった。
水族館が情報化することは、全国の子どもたちから館にアクセスが可能になることであり、これは学校教育にとって大きな変革と言える。つまり、水族館に行くことが出来ない子どもが、教室に居ながら専門家から情報入手ができ、知識を得ることで海洋や水族への興味や関心を育むことが可能なことを意味している。
以下に、当館の実践例をいくつか紹介しよう。
① テレビ電話による遠隔授業
Webカメラやマイク端子などを使うことで、インターネット回線を介して世界中とリアルタイムで映像と音声を使って交流できる時代となった。当館ではそれ以前の2000年より、一般電話のISDN回線を活用したテレビ電話による遠隔授業に取り組んできた。これは、館から遠く離れた山間部の僻地校などに、水族館の水中の生物映像を生で届け、学芸員や解説員が解説をして子どもたちと交流する学習活動である。子どもたちは、普段の学びの場である教室で、非日常的な体験を通して、専門家から水族に関する情報を得ることで、学習内容への興味関心を高め理解を深めた。
② Web教材の開発
一般に水族館のWebサイトは、営業や展示の情報を発信する媒体として活用されることが多い。しかし、そのサイトに、学習活用できる資料や画像、動画を置くことで、教材として閲覧やダウンロードができる。また掲示板やSNSの機能を使って、館員や教員、学習者間の交流の場としての活用も可能である。当館では、前述の遠隔授業の仕組みやプログラムの紹介、さらに学芸員の仕事が分る動画教材、後述する携帯端末で得た情報をアップロードできるページなど、Webの教育利用や学習素材を充実させている。
③ 情報携帯端末の活用
携帯電話やスマートフォンに代表される小型情報端末は、液晶画面と文字入力機能を兼ね備えており、一つの小型PCとも言える。この機器を、子どもたちの学習教材に使うことは、ユビキタスと呼ばれる情報ネットワーク時代の中で、社会教育機関にとっては必然的な要求と考える。そこで当館では、PDAや携帯電話、i-Podなどの情報端末を子どもたちに持たせ、館内の無線LAN経由で、水族の情報を得たり、その成果をWebで表現する学習活動を展開している。
高田浩二
海の中道海洋生態科学館
(KANRIN(咸臨)第31号(2010年7月)発行当時)