トップページ > シリーズ 港の横顔 > Vol.001 - 学会誌 KANRIN (咸臨) 第17号 (2008年3月) より

シリーズ 港の横顔 神戸港「灯台めぐり」


1. 神戸港第一防波堤東灯台


デザインもレトロな「神戸港第一防波堤東灯台」

神戸港で有名な灯台は、何といっても「神戸港第一防波堤東灯台」だろう。神戸港の入り口に位置するこの灯台は、1931年(昭和6年)8月15日に初点灯されたもので、神戸港内に現存する灯台の中では、遠矢浜の神戸灯台(明治5年点灯、その後改築)に次ぐ古い灯台である。しかし、古いために有名であるというわけではない。

この灯台の特徴は、写真を見ればわかるように、壁面に「神戸港」と大きな文字が書かれていることである。別に珍しくないようにも感じるが、神戸海上保安部によれば「港名を記した灯台は日本でここだけ」だそうだ。神戸港振興協会の資料では、1964年から2年続きで台風による高潮などの被害を受けたため、安全を祈願し長浜洸(あきら)さんという女性書道家が筆を執り、当時の神戸市長に寄贈。1967年に開港百年の記念事業として海上保安庁の許可を受け市などが灯台に掲げた。一文字のプレートの大きさは縦横各2メートル程であり、対岸のポートアイランドからもはっきりと見える特徴的な文字である。

実は灯台に字を書いたり看板を掲げたりといった行為は法で禁じられており、照明を邪魔しないなど国が認めた場合だけ、許可されるという。海上保安部によれば文字を掲げてからは、大きな台風被害はないらしい。夜間には、灯台全体がライトアップされて浮かび上がり、神戸港に来たことがわかるようになっている。船旅をする人たちにとっては、この字を見るとほっとした気持ちになるというのもうなずける。現在は、ポートアイランド西バースの遊歩道から、かなり近くで眺めることができるので、遊覧船に乗らなくても眺めることができる。ご近所の方は一度いかれてはいかがだろうか。

2. オリエンタルホテル屋上灯台


ホテル14階に立つ
「神戸メリケンパークオリエンタルホテル灯台」

神戸港沖から六甲山、市街を望むと1,000万ドルといわれる光の帯の中に、小さく閃光する赤と緑の光が見える。これは世界でも大変珍しいホテルの灯台から発せられる光である。昭和39年、港町神戸の象徴として設置された「オリエンタルホテル屋上灯台」。平成7年の震災で一度その幕を閉じたが、その半年後、神戸港中突堤に新しく建設された「神戸メリケンパークオリエンタルホテル」にその姿を現し、再び活躍することになった。

平成7年7月7日7時7分に点灯式が挙行され、赤と緑の光がゆっくり回り始めると、港に停泊する船からは汽笛が鳴らされ、777発の花火が打ち上げられた。その日からずっと、日本でただ1つのホテル灯台は、海上保安庁から認可を受けた公式灯台として、神戸港を行き交う船の安全を見守り続けている。

3. 平磯灯台


今見てもモダンなデザインの垂水の「平磯灯台」

神戸港内ではないが、神戸近傍にある灯台をもう一つご紹介したい。神戸より西側で明石海峡の手前の垂水にある「平磯灯台」である。山陽電鉄「東垂水駅」に降り立てば、海の中に非常に目立つ黄色い灯台がすぐに見つかる。そこから徒歩5分も歩けば平磯緑地芝生公園という、眺めが良く気持ちいい公園があるのだが、そこから見れば本当に目と鼻の先にそびえ立っている。

この平磯というところは、暗礁になっていて、昔から明石海峡の難所で、たくさんの船が難破していた。そのため江戸時代から木製の灯標を何度も立てていたものの、潮流が激しく、すぐ流されていた。しかし近代になって、軍艦などの大型船舶が往来するようになり、どうしても常設の灯台が必要とされた。そこで1893年(明治26年)11月に、英国人技師の指導で、鉄筋コンクリート造りの灯台が建った。しかも使用したコンクリートは、山口県小野田市の小野田セメントが製造した国産初のセメントだったそうで、この灯台は国産コンクリートを用いた初めての建築物となっている。電源は太陽電池に切り替えられたものの、今なお現役で活躍していることを考えれば、恐ろしく丈夫に作られたことが窺える。取材当日も、公園から見てこの灯台の向こう側を、非常に多くの船舶が往来しており、要所の明石海峡の安全をこれからも守り続けてくれるだろう。

この灯台にはもう1つエピソードがある。「月と6ペンス」などで有名な英国人作家サマセット・モーム(W. Somerset Maugham 1874-1965)が日本に来日していた際にこの灯台を題材にして、一晩で短編小説を書き上げた。タイトルは「A Friend in Need」(困ったときの友達)。「神戸で成功した英国人がいて、それを頼りにした別の英国人が働き口を求める。先の英国人がおまえの得意なものは?の問いに求職の英国人は水泳が得意と答えたので、海岸からこの灯台を巡って再び海岸に帰り着いたら、仕事をやろうと言う。彼はそれを実行したのだが、二度と戻ってこなかった」といった内容で、実は恐ろしかったグリム童話のような話である。灯台の近くにある塩谷というところには、ジェームス山と言うかつては外国人が多く居住する邸宅地があった。モームはそこから灯台を眺めているときに、この小説がひらめいたのだろう。


中谷直樹(なかたに なおき)

大阪府立大学大学院工学研究科 海洋システム工学分野
助教
海洋環境シミュレーション、海洋環境計測
(KANRIN(咸臨)第17号(2008年3月)発行当時)

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