宇野港周辺の海域は東備讃瀬戸航路に含まれ、東京湾、伊勢湾とならび海上交通安全法で海上交通が特に輻輳(ふくそう)する海域に指定される一方、船が進むにつれ島陰から新しい風景が開ける多島美の景勝地として瀬戸内海国立公園に指定されています。また、瀬戸内海は古くから京、大阪への物資輸送の要衝であり、源平屋島合戦や海賊の跳梁など歴史の舞台にもなっています。
本州と四国を結ぶ宇高連絡線が廃止され20年が経ちました。本四の玄関口としての役割は瀬戸大橋に譲りましたが、いまだに四国方面へのフェリーがひっきりなしに往来しています。今回の港の横顔はそんな宇野港周辺のフェリーから見える島にまつわる伝説を紹介します。
宇野港の約2km西にうかぶこの島には悲しい伝説が残されています。
江戸時代、依田なにがしという男が仕事で京に滞在しました。彼の京での生活は素晴らしく、美しい恋人もでき、二人は婚約するまでになりました。
依田なにがしは仕事を終え、京を離れる日に彼女を故郷に連れて帰ることにしました。長い船旅の末、宇野が見える沖合いにさしかかったとき、依田なにがしが彼女に「いきなり、お前を連れ帰っては家の者が皆驚く。お前はこの島に上がってしばらく待っていてほしい。」と言って、彼女を島に残して行ってしまいました。依田なにがしは心変わりをしていたのです。
何日か経ったある日、依田なにがしの村の海岸に若い女の死体が流れ着きました。村人が念仏をあげて沖に流してやると、翌日にまた、同じところに流れ着いており、依田なにがしが都から連れて帰った女であるとわかりました。京の上臈島に置き去りにされた彼女は、いくら待っても迎えに来ない男への慕情と一人残された寂しさに耐えかねて海に身を投げたのでした。彼女の魂は依田の村に流れ着き、そこを離れようとしなかったのです。
これを哀れと思った村人は松林の中に彼女を葬り、祠を立てて供養しました。依田なにがしは、これを後悔し彼女の菩提を弔ったそうです。彼女を祭った祠は今でも「浜の神さん」と呼ばれ、ひっそりとまつられています。
同じような伝説が宇野周辺の村や島にも残されており、戦前は気味悪がって誰も京の上臈島には寄りつかなかったそうです。
京の上臈島は別名「屍島」とも呼ばれ、海賊が出没し被害にあって殺された人も多かったそうです。門部府生という者が襲ってきた海賊を先の丸い矢で射て難を免れたという逸話が鴨長明の物語にも記されているそうです。
京の上臈島は高松に向かうフェリーが宇野港を出発してすぐに船の後方に見ることができます。
宇野港をフェリーで出発し、15分ほどすると前方に見えてくる「おにぎり型」の島が大槌島です。島の周囲は大曾瀬(おおそのせ)と呼ばれ、鯛や鰆の良い漁場になっています。備前と讃岐両藩が漁場をめぐり騒動を起こし、大槌島から樽を流し、両藩の領海を決めた「樽流し」の話は有名で、江戸でその裁定をした裁判官の中に大岡越前守忠相の名前も含まれているそうです。この島は「樽流し」の逸話と特徴的な形が有名なばかりでなく、京の上臈島同様に多くの伝説が残されています。
昔、大槌島から大蛇が対岸の日比村に渡り人々を悩ませていたそうです。その頃、日比村に加地藤左衛門という人が住んでいました。彼は武術に通じ、勇猛で腕力も強く、なにより弓の達人だったそうです。ある日、神様が枕元に立ち、「大槌島に大蛇が住み着き、村人を長年悩まして困っている。お前がこの災いを取り除いてくれ。」と告げました。夢から覚めると枕元に弓と矢がありました。
翌日彼は大蛇が渡ってくるのを待とうと海辺に出てみると、大蛇はすでにやって来ていて大きな松の木に巻きついて、大きな目を輝かせ、口から長い舌をのぞかせていました。彼は百メートルあまり離れたところから矢を放ち、矢は狙いを違わず大蛇の喉に当たりました。
首尾よく大蛇を退治することができたのですが、加地藤左衛門も大蛇の息を浴びて気を失い、倒れてしまいました。おりから、激しい雨が降りだし、雨の滴が加地藤左衛門の喉に入っていきました。藤左衛門は息を吹き返しました。
村人は神のお助けと藤左衛門の勇敢さを褒め称えました。大蛇を退治した矢(大雁)は享保の頃まで伝えられ、大蛇のうろこは八幡宮に残されているそうです。
大槌島には昔、八幡船という海賊が強奪した金銀財宝を埋蔵したという噂もあるそうです。大蛇が出るという伝説も実は島に人を近づけないために流した噂なのかもしれません。
宇野−高松航路のフェリーから見える島にまつわる伝説で最も有名なのは「桃太郎の鬼が島」伝説でしょう。鬼が島は高松の北側に浮かぶ女木島であるという伝説があり、島には鬼の洞窟など、桃太郎の鬼退治にちなんだ観光地になっています。岡山の桃太郎は四道将軍の吉備津彦命が百済の王子で吉備の国にやってきた温羅(うら)を滅ぼした時のことであろうといわれています。桃太郎はあまりにも有名なので、ここでは紹介しませんが、この地方には桃太郎に登場する鬼以外にも鬼伝説があります。瀬戸内海をフェリーでゆっくり眺めながら、太古の鬼に思いをはせるのも楽しいのではないでしょうか。
あなたの隣に座っているその人、もしかして・・・。
野崎修一(のざき しゅういち)
三井造船(株)艦船設計部 船殻設計課
課長
構造設計
(KANRIN (咸臨) 第18号 (2008年5月) 発行当時)