トップページ > シリーズ 造船所のかっこいいオヤジ > Vol.001 - 学会誌 KANRIN (咸臨) 第2号 (2005年9月) より

シリーズ 造船所のかっこいいオヤジ 外業一筋のかっこいいおじさん


外業一筋のかっこいいおじさん


写真1 昭和27年当時の船台工事

記念すべきシリーズ第1回目に紹介するのは、外業で働くかっこいいおじさんだ。

彼は昭和27年に入社し、外業一筋。69歳の現在も現役で毎日のほとんどを現場で過ごしている。

入社当時に建造していた船は10,000DWT程度の貨物船だった。現場の工事も今では常識になっているブロック建造が始まろうとする頃で、昔ながらの船台上に船底外板を並べ、ロンジを取り付ける完全なバラ搭載で建造される船もあった。現場施工要領の変遷は現場で働く人にとっては、安全対策の歴史だとも言える。

昭和27年以前の造船所では、ブロック建造は行われておらず、外板は曲げ加工の後、フレームを取り付けたパネルの状態で搭載されていた。そのため、高所での外板の位置決め作業が頻繁に行われていた。位置決めには「下げぶり」を用いるため、外板パネルの上端から船台まで障害物があると仕事にならない。結果として足場板は固縛せず、金物の上に乗せただけだった。また、外板の接合はリベットが主流であり、足場上の手すりはハンマーを振る邪魔になるため、取り付けられていなかった。職人は「足場板は動くものだ」と言うつもりで、端に乗ったら反対側が持ちあがるような幅30cm足らずの不安定な足場上をハンマーやその他の道具を担いで走っていたという。

当時は年に2件程度の死亡事故が発生していたらしい。昭和30年頃にはブロック建造が主流となり、リベットが溶接に変わる中で安全対策も進み、事故の発生も少なくなった。


写真2 昭和30 年半ばの大型船船台工事

彼は戦後の近代造船始まりの時期から建造船の大型化、オイルショック、海洋構造物の建造ブーム、そして現在も続いているコストダウン競争の中を外業一筋で貫いている。「彼がいないと真直ぐな船が作れない」と言われることがあるが、その理由を明確に説明できる人がいないのも事実である。

船首尾の曲がり外板を下げぶり一つで位置決めしていたころから養われた経験と勘が、現在建造されている船のブロックの据付やコッキングダウン量の決定につながっているはずである。

以前、コッキングダウンについて話を聞いたことがあるが、キールの直線度を保つには日々の工事による搭載済みブロックの動きを正確に掴むことが最も重要らしい。キールは搭載するブロックの大きさ、重量、溶接順序により日々変化する。この変化を正確に掴むだけなら出来そうだが、変化の様子を眺めながら最終的なキールの直線度を保つためにどうすればいいか、この判断は非常に難しいと思われる。実際、どうやって判断しているのか分からないため、「難しいと思う」と表現するしかない。

彼との仕事上の付き合いの中で、彼の凄さを感じたエピソードを紹介する。

横浜で試験に使用されたメガフロートの一部を船台上で建造したことがある。幅と長さに比べ、極端に深さのない構造物だった。ドックでの建造であれば問題ないと思うが、船台で建造する場合はブロック継ぎ手の溶接完了後に進水させる必要がある。

約50/1,000の傾斜を持つ船台上で建造されたメガフロートは進水時、船台のゲートを開け、海水が満たされるにつれて海側から水につかり浮力を持つ。この深さがわずかしかない構造物は船尾の浮力により大きく撓み、まるで海面に沿うように変形した。強度的には問題ない。

しかし、問題が起こった、このとき建造されたのは全体の一部であり、幅も全体の約半分だった。片方は外板があり水密だが、一方の端には水密隔壁がない。重量と浮力の左右方向中心が一致していないのだ。

海面の上昇に従い船体に撓みとともに捻じり変形が発生し、船体の最も山側に設置されていた鋼製架台に荷重が集中した。大きな荷重が掛かっている架台は撤去できない。切断しようにもガスで融けた部分が押し潰されるだけで船体との間に隙間が出来ない。このままでは進水できないと思った。そのとき彼は既に予測していたように、「今はばらせん。架台が負けてから切ればいい。」と言って様子を眺めていた。既に切断の準備は出来ているようだった。

しばらくして、バンという大きな音とともに架台の角に配置されていたアングルが座屈した。「今なら切れる。」と言うと、架台を平然と切断し、船体の先端に出来ていた固定点をリリースした。度胸と読みの深さに違いを感じた。固定点を開放されたメガフロートは海面に沿うように変形しながら進水して行った。

エピソードをもう一つ紹介しよう。


写真3 現在の船台工事

数年前、鳥取で大きな地震が発生した。その時、船台上にはある船が進水を間近に控えていた。

進水時には船体の全重量は滑走台に乗せるため、建造中に船体を支えていた盤木が順にばらされる。同時にブロックの転倒防止のために設置された支柱も撤去される。この時は進水準備のため、船台上に船底を支えるために配置した盤木はばらしたが、なぜか船尾の倒れ止めの支柱だけはばらさなかった。

地震は彼が上甲板上で作業していた時に激しい揺れとともに突然襲ってきた。進水直前で幅が約30mの船体のほとんどの重量が船体中心線から左右3m、両幅で6mの位置にある滑走台の上にかかっているため、船体は安定が悪く、船の上では歩くことも出来ないぐらいの揺れだった。とっさに「船が倒れる」と思った。

揺れがおさまった後、渠底に下りてみると、船体の滑走を止めるための行き止め支柱が4本とも外れていた。いくらか残っていた船側寄りの盤木は激しい揺れのせいで斜めになり、今にも倒れそうだった。どうして船が倒れなかったのか、不思議だった。船尾に倒れ止めの支柱が残っていた。「助かった。これがなかったら、危なかった。」と思った。自分でも倒れ止めの支柱を残していたことを忘れていたらしい。

急遽、斜めになった盤木はそのままに、船底に支柱を並べた。余震が来ると今度こそ倒れるかもしれない。幸い、大きな余震はなかった。

支柱による補強の後、地震による船体の移動状況の計測が行われた。地震の前に行っていた計測結果と比較すると、船体の左右移動はなく、船尾側に60mm移動していることがわかった。船は無事に進水した。

虫の知らせや嫌な予感があったわけではない。ただ、彼の判断が1隻の船を救い、船上で作業していた多くの造船マンを救う結果となった。

数々の経験で養われた度胸と本人にも説明できない勘が彼の凄さにつながっているのは間違いないが、それだけでは彼のかっこ良さを表現できない。以前、進水準備の際、式台から船体を見ると、ステム外板の継手が、設計通りではあるがそこだけ逆に曲がったように見えるのに気付いた。「かっこ悪い」と思って、電気屋(溶接工)を呼んで、周囲の継手に合わせてビードを修正した。「ほんの1時間で直せる。おかしな物は渡せない。」良い船、綺麗な船に対するこだわりが彼のかっこ良さの本質ではないのだろうか。


編集委員会

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