トップページ > シリーズ 造船所のかっこいいオヤジ > Vol.003 - 学会誌 KANRIN (咸臨) 第6号 (2006年5月) より

シリーズ 造船所のかっこいいオヤジ 船を操るかっこいいオヤジ

1. はじめに

過去2回は、製造現場でバリバリ活躍されているかっこいいオヤジが紹介されましたが、3回目となる今回は、製造現場から少し離れた部署で働くかっこいいオヤジ、ドックマスター(船渠長)を取り上げます。

2. ドックマスターとは?

ドックマスター自体に馴染みのない方も多いと思いますので、最初にドックマスターについて簡単に紹介しておきます。 ドックマスターとは、一言で言うなら造船所の船長さんです。
何故、造船所に船長さんが必要かと言えば、新造船・修理船を問わず、業務上造船所及び周辺の海域で船を動かす場面が必ず出てくるからであり、船を動かすためには、

  • 操船経験を十分に有していること。
  • 構外での操船にあたっては、海技免状を有していること。
  • 造船所及び周辺の海域に精通していること。

以上の条件を満たす者が必要になるからです。
従って、新造船建造を例にすると、海技は勿論、造船所周辺海域事情にも精通したドックマスターがいなければ、進水作業・係留作業・公試運転等、建造上非常に重要な工程が消化できない、つまり船の建造はできないということになり、造船所にとって必要不可欠な存在なのです。

※公海上の運転については、他にも制約条件が有りますが、ここでの詳細説明は省略します。

歴史的にも、「浦賀船渠六十年史」に、『...(明治)翌 34年には技師長は桜井省三の 1名になり、船渠長に元横須賀造船廠の古川庄八を任命...』と記述された記録が残っており、近代造船業幕開の頃から、専門職が存在し、且つ所長職についで重要な位置を占めていたことが伺え、その位置付けは、現在においてもほぼ同様です。

ドックマスターの業務を簡単に紹介すると、

  • 進水関係業務(入出渠業務)
  • 海上運転業務
  • 修繕船運航業務
  • 船舶係留及び係留保全に関する業務
  • 海務及び船渠関係の職制管理業務

等々が挙げられ、概ね、どこの造船所でも共通していることだと思います。
先述の通り、ドックマスターは、海技に精通している必要がある為、造船所での勤務経験の積み重ねだけでは就けない職種であることが、他の造船所で働く人達と比べて特異な点です。

いったん海運会社に入社し、海技者として一通りの海上経験を積み、最高の免状である「一級海技士(航海)」を取得した後、造船所に加わり、晴れてドックマスターになれるのです。

3. 実像に迫る


公試運転中の鈴木ドックマスター

ここでは、住友重機械マリンエンジニアリング(株)のドックマスター、鈴木秀敏さんを紹介します。

鈴木さんは、海運会社で25年近くの外航船乗務の後、TSLプロジェクトに参画され、「希望」の船長として活躍される等、豊富な乗務経験を保有されています。また、日本財団の助成事業への参画や操船シュミレーターによる船員教育のインストラクターを務められる等、幅広い活躍をされた後、住友重機械マリンエンジニアリング(株)に入社されました。

今回は、鈴木ドックマスターへの質問を通して、ドックマスターの実像に迫ってみたいと思います。

Q.
操船以外の日常業務について教えて下さい。
A.
係留状態・係留設備の確認は勿論ですが、不安全状態がないかのチェックも毎日行っています。デスクワークとしては、進水及び係留計画 の作成や、官公庁提出資料の作成が主になります。また、海難防止協会や、船渠長協会の会合への出席もあります。
Q.
海運会社勤務から造船所勤務に変わりましたが、操船に違いはありますか?
A.
先ず大きく違うのは、進水時など、デッドシップ状態でタグボートを使用しての操船を要求される場面が多いことです。それから、軽喫水状態での操船が多く、この点も異なります。
また、公試運転時は、活きた船にはなっていますが、試験中の船ですから、トラブルが発生することもあり、最悪の場合、デッドシップとなり、船が流される可能性があることも考慮しておく必要があります。 一方で、沿岸近辺での操船となることから、緊急時には、タグボートを数時間で呼べますし、昔(海運会社時代)は、何か事故などあったときは、法的にも全て船長の責任という立場でしたが、造船所勤務の場合、別に公試統括者が乗船すること、積荷も無いなど、責任という意味で、軽減されている面もあります。しかし、安全に船を動かすことに変わりはなく、操船時にはいつも同じようなプレッシャーを感じます。 これは“慣れ”で解消されるようなものではないですね。
Q.
最も気を遣う業務は何でしょうか?
A.
当然、大切な商品を傷つけるわけにはいかないので、操船自体が気を遣うことですが、それ以上に台風接近時が一番気をもみます。 活きた船ならば、喫水を深くしたり、退避して係留するといった方法も取れますが、新造船では工程の進捗があり、何らかの制限下でしか対応が取れません。台風対策による建造工程への影響を最小限にする一方、十分な対策を行う必要がある訳で、変化していく状況に応じた判断・対応が必要とされます。 また、現在は、ピンポイントでの気象予報が入手できますが、それでもわずかな台風進路のずれ等から、想定外の事態となることがあります。 2004年の台風直撃の折は、正にこのケースで、入社以来最もヒヤリとした時でした 。 平均潮位が高くなったり、台風の発生・接近が多くなるなど、異常気象の影響が今後益々出てくるでしょうから、老朽化した係留設備の更新も含めて定常的に考え、提言していく必要があります。
Q.
やりがいを感じるのはどのような時ですか?
A.
やはり、造船所の一員ですから、引渡し時には、心に感じるものがあります。また、何事もなく、台風が通り過ぎた時や、操船を終えた時も達成感は感じます。
Q.
技能伝承という意味で、造船現場同様の問題があるように聞いたことがありますが?
A.
大きな問題ですね。日本人の海技者は減少しており、我々の世代の後は、ドックマスターに限らず、海運業界・PILOT含め、人材確保が大きな問題になると思います。海技者として一人前になるには、ある程度の経験が必要となるので、年数もかかりますが、早期育成という点で、シュミレーター教育の活用が挙げられます。現在の操船シュミレーターは、かなりのもので、博物館などに設置してあるような一般者向けのものとはレベルが違います。地形別、船型別に諸条件が設定できますし、悪天候下の視界不良や揺れ等も再現でき、港湾開発にも利用されており、航空機のものと比べても遜色ないと思います。ですから、こういう新しい技術で経験を補いながら、若い人を訓練していく方法があると考えています。実は、過去に私自身、こういったものに協力してきたこともあり、本当は、一番やりたいことなんです。

※台風22号(マーゴン)。2004年10月9日当造船所近辺を通過。当所観測で17:10頃、972 hpa、最大49 M/Sの北西の風が吹き、工場建屋が破損する等の被害が発生。当時係留中の船も大きな影響を受け、ドックマスター以下、猛烈な風雨の中、腰まで水につかり、風・波に煽られながらも、係留岸壁まで何とか辿り着き、迅速な指揮及び対応の結果、軽微な被害で済んだ。

4. おわりに

以上インタビューを交え、ドックマスターの実像に迫ってみましたが如何でしたでしょうか?

造船業というのは、商品の使い方には、あまり馴染みのない者が、開発から建造まで行っている点で、自動車や家電といった製造業とは異なると思いますが、実は、造船所にも身近に使い方のプロがいるわけです。従ってユーザーとメーカーの両者を経験されているドックマスターの存在は、特異であると同時に大変貴重であり、今後、従来の業務以外にも、顧客価値向上や原価低減、品質向上といった造船所としての競争力強化の為に活躍される場が増えてくるのではないでしょうか?

参考文献

1)財団法人 日本船渠長協会ホームページ


植松 秀明(うえまつ ひであき)

住友重機械マリンエンジニアリング(株)
製造本部 計画・技術グループ
チームリーダー
生産技術
(KANRIN (咸臨) 第6号 (2006年5月) 発行当時)

▲このページの最上部へ

シリーズインデックスへ

学会事務局

〒105-0012

MAP

東京都港区芝大門2-12-9
浜松町矢崎ホワイトビル 3階
TEL:03-3438-2014/2015
FAX:03-3438-2016