豊永和史さん
造船所の朝は早い。中でもこの人の朝には脱帽である。通勤ラッシュの7時過ぎ、始業時間の随分前に現場を巡回して戻ってくる姿を目撃する。前日までの作業進捗を確認して、気象状況を把握し今日の作戦を考える。雨の日も風の日も毎朝欠かさない。今回ご紹介するかっこいいオヤジは、住友重機械マリンエンジニアリング(株)製造本部工作部組立グループ職場長の「豊永和史さん」です。
豊永さんは昭和47年に入社、機装配管職に配属されました。入社される1年前に現在の横須賀造船所が開所し、新入社員としてはまさに1期生でありました。当時は同期生が350名いて、まさに花の集団就職の時代、豊永さん自身は単身遠く離れた関東の地に就職する事を決意しました。造船に興味があり、独立心旺盛な若者は、新しい挑戦にワクワクしていたそうです。
この造船所のかっこいいオヤジシリーズの代名詞になるかもしれませんが、豊永さんも相当な負けず嫌いで、同級生には負けたくない、誰よりも早く作業を終わらせたい、新しい事には最初に挑戦したい、出来ないと言葉にしたくない、等々弱音を吐くのが嫌いです。入社してすぐに「仕事は見て覚える物で教えてもらう物では無い」と先輩から諭され、教えてもらうのでは無く、自分でどうしたら良いか考えて、色々工夫をしながらやってみて、失敗は修正し、一番良い方法を生み出し、それを再度改善していくという姿勢を身に付けたそうです。
何でも自分でやってみないと気が済まない豊永さんに当然仕事も集中し、まず第1弾の改善は、班長に昇格する前の棒心時代に遡ります。当時の配管作業といえば船内での作業が主で、兎に角ブロックが搭載される前にパイプを放り込み、その後数本のパイプを組んではチェーンブロックで引き上げて天井に取付ける事が当たり前でした。ここで「なぜ天井に付ける物を吊り上げて付けるのか?」と疑問に思い、反転艤装に挑戦する事になりました。誰もやった事の無い初めての挑戦に、新しい物が好きな豊永さんは楽しくて仕方が無かったそうです。
次の挑戦第2弾は、ジャストフィット(JF)工法の導入です。班長に昇格して作業指示を出すよりも現場で手を動かし自分でやってみないと気が済まない豊永さんは、ブロックとブロックの継手部が合せ管になり、陸揚げに苦労していました。そこで「何とかこの合せ管の本数を減らせないか?」と考えた結果、ブロックの精度が改善されている点に注目し、ブロック端部をフランジ接続にしてフランジの位置を正確に位置決めする事にしました。これによりブロックとブロックとのフランジがジャストフィットして合せ管を激減する事に成功しました。
当時はブロック同士がぴったり合うなど非常識で、出来る訳が無いと思われていた事を、図面ができたら自らフランジ割りを記入して設計にフィードバックを行い、当時の常識を白紙にして挑戦した結果、大きな改善を実現しました。
艤装コンベアの前で
何でも自分でやらないと気が済まない豊永さんも職場長に昇格すると当然作業する時間などありません。自分の自由になる時間が制限されると、その代わりとして現場を見て回る事にしました。すると今度は機装職だけに留めるのはもったいないと電装・船装もまとめて見る事になりました。当時は船機電と職種ごとに縦割り組織が当たり前、素人には分からないと完全分業制が常識でした。それを全て見なければならなくなった豊永さんは流石に焦ったそうです。初めて聞くブロックに名前も形も分からない艤装品を取り付けなければなりません。ここでも持ち前の負けず嫌いと新しい挑戦に意欲が湧き、第3弾の挑戦が始まりました。
暇を見つけては自身で作業経験の無い職場を中心に見て回り、時には自分で実作業をして経験する、まさに新入社員時代同様に一から仕事を盗んで覚えました。この様な真摯な姿勢に当然周囲の信頼も高まり、いつしか機装の豊永さんから艤装の豊永さんと呼ばれるのが自然になっていきました。
そしてごく最近になって第4弾の更なる挑戦が始まりました。艤装コンベアの導入です。弊社は製造現場にトヨタ生産方式(TPS)を導入してはや数年が経過しましたが、これまでの艤装工程におけるTPSの取組は特に目立った活動や成果は無く、旧態依然の固定定盤によるブロック艤装が主でした。ここに船殻ブロック製作に使用しているコンベアを導入しようと言う物ですからさあ大変!これには流石の豊永さんも最初は出来ないと感じたそうです。
それでもへこたれないのがこの人のすごい所。一歩も踏み出さないで出来ない理由を並べるよりも、駄目でも良いから一歩を踏み出してみよう。駄目なら元に戻せば良い。この勇気とリーダーシップに導かれる様に、周りも一致団結して現在もなお改善中ではありますが何とか物にしてしまいました。
この様にさまざまな困難に直面しても、改善してしまう強さの秘訣はどこにあるのか?本人に質問してみると、脳みそを使って常に考える事だと(冗談)。普段当たり前の様に作業している中身をよく見てみると、実はもっと良い方法があるのではないか?そう思って現場を見ては考えているとの事。なるほど確かに豊永さんは非常に多くのアイデアを出しては実行していきます。我々が困って相談に行くと必ず良い答えを出してくれます。豊永さん曰く「これは住友の風土なのかもしれないが、兎に角やりたい事を自由にやらせてもらえた」との事。だからこそ改善するにはどうしたら良いのかを考える様になるのです。言われた事だけをやっていては考えないし、また自分で考えたアイデアだからこそ実現に向けて努力出来る好循環が生まれたようです。
またこれらのアイデアを受け入れて挑戦させてくれた先輩や上司に恵まれたと話しています。だからこそ若手にもどんどん挑戦してほしい、自分のやりたい事に思い切ってチャレンジしてほしいと願っているそうです。
毎朝次の改善のアイデアを考えながら現場を歩いている「かっこいいオヤジ」の姿を目撃する。これからも頼りにしています。
村田理(むらたおさむ)
住友重機械マリンエンジニア(株)
製造本部工作部計画グループ
主任技師
生産管理
(KANRIN (咸臨) 第36号(2011年5月) 発行当時)