トップページ > シリーズ 造船所のかっこいいオヤジ > Vol.023 - 学会誌 KANRIN (咸臨) 第46号(2013年1月) より

シリーズ 造船所のかっこいいオヤジ Vol.023 「人づくりこそ物づくり」を地で行く

1. はじめに


荒木節男さんの似顔絵(同僚作)

三菱重工業(株)船舶海洋事業本部のかっこいいオヤジさん、立神船海工作部生産計画課生技・技管チームの荒木節男(あらきせつお)さんをご紹介します。

荒木さんは、 昭和46 年3月に三菱重工業(株)長崎造船所に入社し、9月に当時の上構課に配属され、それから造船溶接職一筋でやってきています。若いながらも36歳で作業長(班長)として班員のオヤジになり、47歳からは工作部の技術管理チームに異動して部全体の若手溶接職のオヤジとなって現在に至っています。

現在の業務は、まずは新造船の溶接技術の開発です。特に新しい船種を造る際には設計段階から係わり、設計が検討した新しい溶接法を工作部が実現できるように皆で考えて要領書を作成し、船級協会と連携を取りながら施工法承認を取得していきます。

また、大きな問題が発生した場合は船主・船級協会・品証・設計・工作の人脈を活かして現場が困らない様に最速で問題解決していってくれます。

次に、若手技術者の育成です。要望があれば誰にでも技術の指導をします。また会社内や長崎県の溶接コンクールにも積極的に参加を働きかけ、短期間で効果的な指導をしていきます。

2. オヤジになる前「両手溶接の荒木」

荒木さんは、弊社に入社する前には自動車整備工として3年間働いていました。当時は造船景気が良かったので周囲から入社を勧められて試験を受けたそうです。その結果、整備工とは全然関係ない造船溶接職となったのです。でも身体を使う仕事で誰にも負けたくないと溶接にのめり込んでいきました。

入社して半年の準社員を経て正社員になったのですが、すぐに新造艦艇の重要部分であるボイラーとエンジン関係の溶接作業の取り纏めを任せられました。準社員時代の腕を見込まれて抜擢されたのですが、当然まだまだ仕事が遅かったので先輩から怒られてばかりでした。でも先輩の仕事振りをみて「俺もそれぐらいできるようになる」と思っていたそうです。やっぱりオヤジは負けず嫌いが多いですね。

艦艇は商船と比べてとても狭い艦内に機器が詰め込まれているので、現場では仕事が楽な作業姿勢を取るのが非常に難しいです。そこで荒木さんは、利き腕の右手だけでなく左手でも利き腕並みの溶接技量を持てるように切磋琢磨していき、ついにはどちらかの腕が届きさえすれば人並み以上の溶接作業ができるようになりました。そのうち「いやらしいところは荒木にさせろ」と重宝がられることになりました。

3. オヤジになってから


若手教育をしている荒木さんの様子

荒木さんが若い時は、昔のオヤジ(作業長)から、何で人を押しのけてでも突っ走るのか、と言われるぐらい負けず嫌いだったのです。でも自分がオヤジ(作業長)になって10年間で自分自身が随分変化していきました。

そして自分一人では船をつくれない、皆の意見を尊重しないといけない、と思うようになり人間性を変えていきました。変われたのは、周囲の先輩達が荒木さんをおだてながら上手に教育をしてくれたおかげだそうです。

まず班員の話をきちんと聞く、それから自分の考え方と合わせて教えていく。自分の考えを単に押し付けるのではなく、皆の考えと融合させることで、その時代に合った理解しやすい言葉で説明していくようになりました。

今の職場に異動してからは、溶接コンクールのために一時的に若手を預かって指導をすることがあります。その時の言い方がざっくばらんで知らぬ者が聞けば驚きますが、若手本人が理解するまで粘り強く丁寧に説明する姿には、親が子をしつけるような愛情を感じます。

4. オヤジのこだわり

荒木さんは「習熟」という言葉が嫌いです。若手は溶接作業が失敗したら格好が悪いと思うのかすぐにやり直す、何回も繰り返したら少しずつ上手にはなるが、時間がかかってしまうのが駄目だ、と言います。

何故失敗したのかを突き詰めれば繰り返すことがないはずだ、もっと早く上手になるということです。そのためには指導者が正しく教えてやらないといけない、正しく教えるために指導者が本人と密接なコミュニケーションをとって何が問題なのかを掴んでやらねばならない、と言います。

荒木さんは溶接コンクール出場のために若手を預かって訓練しますが、期間は1回につき7〜10日間です。1ヶ月から半年も訓練する部門と比べると極めて短期間です。それも座学という名のコミュニケーションで半分以上の時間を費やします。実作業をする前に頭の中を訓練してイメージ化するのが大事だそうです。

そして面白い事に、溶接コンクールに出場した若手は皆自分の仕事に誇りを持って職場に帰っていきます。コンクールの後に疲労困憊の中で達成感に満ちた目をした若手を見ると、「人づくりこそ物づくり」という先人の言葉がぴったり当てはまります。

また、昔と違い高い技術を持った人ほど後輩を指導していかないと、そして指導した後輩に抜かれないように努力していかないといけない、今の日本は一人では勝負できない、皆で技術を上げて総力戦にしないと世界に勝てない、と常々熱く語ってくれます。

荒木さんから若手技術者への「オヤジのひとこと」を頂きました。

  1. 新しい船種をつくる時の事前検討は前例がないので一番きつい、手探りでしかも短期間で結果を出さないと現場に迷惑をかけるから。でも思い出になるね。
  2. 色々な職種との関わりで自分自身の応用力が伸びてくる、沢山の人とのコミュニケーションが大事だね。
  3. 「溶接は水のごとし」溶金が下へ向かって流れていくのが当たり前、そこから教えないと問題点に気付かないのだよ。
  4. 改善は難しくないが、実現するための技術が必要。また、うまくいかないときは目標を持ったまま一歩引いて代替案をつくりだす方が、最終的に成功する可能性が高いのだよ。

5. オヤジの趣味

日曜大工店のウインドウショッピングが好きで、工具を見て次のアイデアのネタにするそうです。また、ノンフィクションのテレビ番組をみて本物が持つ素晴らしさを感じるのが好きだそうです。

6. おわりに

荒木さんには、多くの人を惹きつける魅力があり、一度会ったら忘れません(本人はよく忘れますが)。周囲を納得させる話術や交渉術と豊富な経験からくるアイデアは若手が目標とするところです。荒木さんが放つ目力には日々脱帽です。

これからも「かっこいいオヤジ」でいてください。



嵐 康二 (あらしこうじ)

三菱重工業(株)
船舶・海洋事業本部 立神船海工作部
主席技師
新造船 船殻工事 工事管理
(KANRIN (咸臨) 第46号(2013年1月) 発行当時)

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