日本船舶海洋工学会 学会誌編集委員会
地球規模の気候変動や有害ガス排出による環境問題に対する社会的関心は,身近な健康被害などに留まることなく,地球全体と遠い将来の問題に至る広い視野に立ち,問題の分析と対策の検討が進められている。かつては近隣の工場や傍を走る車などの問題が取り上げられていたが,今日では陸域から遠く離れた洋上を航行する船舶も例外でなくなり,IMOを中心とした国際的な規制の取り組みと対策技術の開発が続けられている。
船舶からの大気汚染防止については,MARPOL条約の付属書Ⅳに基づき,国際的な規制が行われていることは,会員諸兄ならばご存じのことと思う。船舶からの排出ガスに由来する地球温暖化や大気汚染の問題は,温室効果ガス(GHG;Green House Gas)と大気汚染物質に大別され,大気汚染物質には窒素酸化物(NOX),硫黄酸化物(SOX),粒状物質(PM)に加えて,近年はブラックカーボン(BC)による極域での影響が懸念されている。GHGについては,エネルギー効率設計指標(EEDI)及び船舶エネルギー効率管理計画書(SEEMP)が導入されて運用が始まっており,NOX,SOX及びPMの規制については,MARPOL条約付属書Ⅳの改正案が採択されて,発効に至っている。
本誌では,これらの船舶由来の環境諸問題についてフォーカスや特集で積極的に取り上げ,規制の動向や対策技術の解説を行ってきた。近くは第87号(2019年11月)において「SOXグローバル対応の現状」として特集企画を組み,解説を行っている。本号では,再び,この問題に焦点を当てて特集企画を展開するが,今回は同問題を俯瞰して捉えることを目標に特集を企画した。すなわち,船舶からの排出ガスに由来する環境問題を総合的に把握し,目標達成に向けた国際的な取り組みの理解を促した上で,先端技術動向についての情報提供を目指したものである。
本企画は4部構成となっており,第1章では本企画の最も重要な目的である諸課題の俯瞰について,GHGを含む船舶からの排出ガス規制の動向とロードマップを海上技術安全研究所・高橋氏に解説をいただいた。また,第3章ではGHG総排出量の削減目標達成に向けた長期戦略とロードマップについて,国土交通省・岩城氏に解説をいただいた。また,これらのロードマップの施策実現の技術的取り組みの最新動向の解説を,それぞれ2章及び4章で行った。2章の大気汚染物質に関する解説では,NOX及びSOXに対する技術動向を取り上げるが,SOX低減技術については富士電機・青木氏及び東氏に解説いただいた。また,NOX低減技術については,高圧SCR,高圧EGR,低圧EGRに分け,それぞれを日立造船・寄口氏及び藤林氏,三井E&S マシナリー・宮地氏及び田渕氏,ジャパンエンジンコーポレーション・伊藤氏に解説をしていただいた。他方,GHG削減技術については,4章において,4隻のコンセプト船に関する検討状況を取り上げて解説を行った。これらのコンセプト船は,GHGの総排出量の削減を念頭に,地球環境に対する低負荷の燃料であるLNG,水素,アンモニアの使用を検討したもので,それぞれの解説を日本海事協会・船体部EEDI部門,川崎重工業・桑原氏及び荒牧氏,三菱造船・小形氏及び三井E&S マシナリー・島田氏にお願いした。また,使用燃料とは別に,GHGのゼロエミッションに向けた取り組みとして,船上でのCO2回収技術について三菱造船・佐伯氏に解説をお願いした。
今回の特集では,これまでに本誌で逐次取り上げてきた排ガスに関する課題に関して,全体を見渡せるように工夫した。建造現場では,年々厳しくなる環境対策に鋭意努力を重ねていることと思うが,本特集がその努力がどのように活かされているかを知る一助になれば幸いである。