知人から「会社で何やってんの」と聞かれ、返答に詰まることがあります。「船の修理」と答えても、他の業界から見れば、特殊な仕事と映るようで、直観的に仕事の内容を理解してくれる人は多くありません。現在、当工場で受け入れている修理船は、艦艇官公庁船、内航タンカー、海洋調査船、作業船等と一昔前より船種は少なくなっているものの、用途も客先も様々です。それらの船を、客先の仕様書に基づいて、検査、修理、改装工事を行っています。今回は、定年を過ぎても、第一線で修理船の船体担当技師をしている高橋幹雄さん(通称幹ちゃん)を紹介します。
幹ちゃんは、高度成長期絶頂の昭和46年に日立造船(株)神奈川工場修繕船の船装ショップに配属され、現場経験を14年、その後船装設計にて4年の勤務を経て修理船船体工事担当となりました。それから28年余り、艦船、官公庁船、商船の修理船、新造船建造及び現地工事の担当をしました。数々の失敗やトラブル、事故に直面しながらも、上司、営業、品証、設計、メーカー、時には乗組員や船主監督の支援をうけながら、確実に工事を完工させてきたのです。また、その間、会社も日立造船(株)からユニバーサル造船(株)、そして現在のジャパンマリンユナイテッド(株)と変遷し、今日に至ります。
担当技師の仕事は、事前見積作成(場合によっては仕様書作りのサポートも行う)に始まる。受注後、船主及び乗員との綿密な打ち合わせ、懸案事項の消込、工程表及び工事要領の作成、混在作業の調整を行い、工作グループ、各関連部署、各種メーカーに工事内容を展開して行きます。担当技師は、安全、工程、品質管理のすべてを担うと共に、「いつ、どこで、だれが、なにをやるのか」といった具体的なところまで明確にし、工事を完工へ導くのです。
船体担当技師の一番の仕事は、盤木配置図の作成、出渠コンディションの調整、浮上喫水、トリム、ヒールの算出、ドック注水前の渠中工事最終確認といった入出渠作業です。自分が計画した盤木配置図に、1万ton、2万tonの船がどう据え着いたか。自分の目で見るまでは不安で一杯で、入出渠、ドック排注水は、今でも相当に緊張するものであり、前夜は眠れないこともあるそうです。
過去には、以下のような失敗もしたそうです。
盤木強度の関係から、船の着底後、半注水状態のまま船首バラストを排水し、様子を見ながらドックの排水をする予定であった。乗組員は、何を勘違いしたのか、着底と同時に一気にバラストを排水したため船が浮上してしまった。
出渠前、担当技師の知らない間に、5tonのビルジが移送されていた。浮上時、船は大きく右に傾き、注水を一旦停止し、急きょウエイトを積んでヒール修正した。
これらは、担当技師の確認不足が原因であり、責任の重さ、入出渠の怖さを思い知らされたそうです。
数年前、砕氷船の船底損傷事故が発生し、その対応のため、経験豊富な幹ちゃんに白羽の矢が立ちました。考えられる調査項目をまとめ、現地でダイバーによる船底調査、可能な限りの内底調査を実施しました。帰国後、直ちに復旧工事計画に取りかかり、総重量約45トン、板厚30数mmの外板及びその内構材の切り替え工事を、渠中日程わずか2ヶ月で完了させ、関係者も驚く圧巻の仕事でした。
一番苦労したことは、砕氷船の船首部は内構材が複雑になっており、その狭隘区画の中での換気対策、真夏の暑さを避けるための冷房対策、アクセスホール及び工事口の開口要領、動力設備の設置要領と機材準備です。また、船首切り替え部分の盤木抜き取りのため、H形鋼を船体側面に当て、船体重量を預ける等の工夫をしました。全体の工事の流れを組み込む姿は、正に神業と言えるでしょう。
さらにすごいところは、溶接が終わる毎に、自分自身の目で、厚板外板及び内鋼材の溶接ビードをすべて確認しました。幹ちゃんの確認した溶接は、延べ1,000mを超える長さとなっていました。人任せにしない。作業の全責任者は自分だと言っていました。その後、船は無事完工し、何事もなかったように日本を出港しました。
箱根観光船の海賊船といえば、やっぱり幹ちゃんです。入社以来、約40年も関わっています。新造、修理に於いて、造船所側の顔になっています。
中でも「ビクトリー」新造工事においては、箱根芦ノ湖での建造船台(造船所臨時工場)で現場代理人(造船所側現地総責任者)を命ぜられ、完工までの工程、品質、安全に関する総責任者として活躍しました。各種運転が始まるまでの工程は、ほとんど一人で何役も熟していたのです。こんな仕事は、分からぬとか、自分の所掌ではないなど言っていられません。8月中旬から完工の翌年3月まで、箱根に上り、月に一回程度しか下山せず、朝から晩まで駆けずり回っていました。船が完工した後のメンテナンスに於いても、客先からは直接連絡が入り、各種相談毎に丁寧に対応をしています。こんな幹ちゃんだからこそ、船を任せられるのでしょう。こうなってくると、間近に迫る雇用延長終了後、どんな人材を後任に充てられるか、人選に苦しみそうです
高橋さんは、修繕船工事担当の信念と心得について、常々こう思っているそうです。
現在、最も危惧されていることは、若い担当技師の育成です。担当技師は、問題の解決方法を考え、関連部署と協議し、限られた予算で迅速に工事を実行し、客先を満足させなければならない。これには工事担当の「判断」「決断」「最終責任」がつきまといます。幹ちゃんのようなベテランから仕事を教えてもらっても、ベテランが入社してから今日まで育んだものは言葉では伝えきれません。自分で実行し、失敗して、たくさんの経験を積む。それでも高橋さんの域まで到達できるだろうか。
松本 正博
ジャパンマリンユナイテッド(株)
横浜事業所 鶴見艦船造修部
艦船計画グループ長